第6話

 太陽の光がやっと差し込み始めた朝の五時半に、隣で寝ているたくみを起こさないように、麻友はそっと布団を出た。軽く顔を洗い流した後、いつものようにキッチンに立ち、巧と謙二の弁当と朝食のコンソメスープを同時並行で作り始めた。スマートフォンで「キャラ弁」と検索して表示されたレシピを念入りに確認しながら、せっせと弁当をこしらえていると、巧と謙二が手を繋いでダイニングに降りてきた。


「ママ、おはよう」

「巧、おはよう。パパもおはよう。早いね」

「おはよ。今日は大事なプレゼンがあるんだけれど、最終調整があるからいつもより早めに出るよ」

「そうなの。そういえば、また昇進できそうなの?」

「このプレゼン次第、と言っても過言ではないかな。さらに昇進できたら、巧も小学生になるし、麻布にでも引っ越そうか」

 麻友はその言葉に、この人と結婚してよかった、と改めて感じ、うっとりと謙二を見つめる。

「車もそろそろ買い換えてもいいんじゃない」

「そうだな。レクサスとかならファミリーで使えるし、自慢もできそうだ」


 レクサス、サクセス、と満足そうに駄洒落を飛ばしながら謙二が椅子に座ると、巧が隣の椅子できゃっきゃと手を叩いて笑っている。

「そんなに面白かった?今のギャグ」

「ううん、全然。サクセスってこの間英会話で習ったけれど、セイコウ、って意味ってことはわかるよ。パパ、自慢しているみたいな顔でギャグとか言うけど、全然面白くない」

「今日のプレゼン、なんか不安になってきたな」

「じゃあ何がそんなに面白いのよ」

「この人たち」

 麻友が巧の目線を追うと、先日謙二が昇進した際に購入した七十インチのテレビ画面に、二人組の漫才師が映っていた。大御所の有名司会者が、「そんなに面白かったら、君たちもう勝ち組だよ」と手を叩いて彼らを称賛している。


「お笑い芸人は笑わせるのが仕事なんだから、そりゃあそうだよ」

「あなた、この人たち見たことない?」


 知っている人?と謙二は眉をひそめ、鮮やかすぎる有機ELディスプレイに目を近づけるが、眩しさでその人物たちを捉えられず、画面から少し離れて再びじっと彼らの顔を見た。あ、という謙二の声がダイニングに響いたと同時に、画面には彼らのコンビ名と名前が映し出された。


「いお、ひろし、って、小学校同じだった、あの?」

「コンビ名、ブービーですって」

「まさか、芸人に?」

 麻友と謙二は顔を見合わせて目をしばたたいた。

「ママもパパも、ブービー、知らないの?今すっごい人気の若手芸人だよ」

 巧がわかて、わかて、とテレビで覚えたであろう単語を繰り返して、足をバタバタさせている。


「言っておくけど、パパよりこの人たちの方が面白いから」

 謙二は、そうかあ、と腰に手を当て天井に向かってため息をついた。麻友は、謙二の口角がうっすらと上がっていることに気づくと、ふ、と吐息のような笑みをこぼした。

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カースト下位層の闘い 熊谷あずさ @azskmgi

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