13-8 手記に綴られるマージョリーの願い
誰の邪魔にもなりたくないと繰り返し言うビオラに、泣き崩れるドレス姿が重なって見えた。
貴族から、いわれのない言葉を浴びせられても、マージョリーの傍から逃げ出さなかったのは、師匠の存在があったからだろう。
マージョリーの力になることが生き甲斐だったのだろうな。
邪魔になりたくない。師匠のために働きたい。そう何年も思い続けていたのが、容易に想像がつく。
だけど、マージョリーはどうだったか。
ビオラの力を認めてはいても、自分のために働く姿を望んでなかったような気がする。もしも望んでいたなら、封印なんてしないで、側で働かせたんじゃないか。
こんな風に、邪魔になりたくないとビオラが必死になる姿を見るのは、苦しかったんじゃないか。
「なぁ、ビオラ」
カップをテーブルに降ろした俺は、ビオラのすぐ横に立った。
「俺は、お前を邪魔とか思ったことないぞ」
「……そう、なのかの?」
「ガキは大人に迷惑をかけるもんだろ」
「
俺を見上げて怒鳴るビオラに、ふっと笑い、その頭を軽く叩いた。
「一蓮托生、だろ? 俺のことなんか気にすんなよ」
「……だから、気にするのじゃ。妾が頼れるのは、ラス、お主だけだからの」
「殊勝なこと言うな。お前らしくない」
「それは……──から」
俯いたビオラはもごもごと何かを言った。
「何だ? はっきり言えよ」
「じゃから、その……嫌われたくは、ない、から……」
「嫌うって……俺がか?」
「……邪魔者は、嫌われるのが世の常じゃ」
「世の常って」
ビオラの言い方が可笑しくて、思わず噴き出して笑うと、きょとんとした顔が見上げてきた。
小さな白い耳まで、真っ赤に染まった。
「な、何故、笑うのじゃ! 妾は、真剣に話しておると言うに!」
「いや、だって……世の常って、デカいこと言うから」
笑いを堪えた俺は、小さな頭を撫で回した。
真剣なのは分かっている。不安な気持ちは、俺じゃ計り知れないだろう。
泣いたり怒ったり忙しいビオラの顔を見ながら、俺はマージョリーの姿を思い浮かべていた。
見知らぬ世界で一人になる弟子を心配していただろう。それでも、マージョリーは五百年前よりはマシな世界であってくれと祈り、現れるだろう魔術師に希望を託そうとしたんじゃないか。全ては、ビオラの笑顔を取り戻すため。
俺は、そう信じたい。
「マージョリーには、なれないが……少しは、俺のことを信じろよ。時間がかかっても、お前の力を取り戻してやる」
ビオラは鼻をすすって、こくりと頷いた。
***
部屋に戻り、机の引き出しから二冊の手記を取り出した。
全く同じような表紙だが、片方には赤い文字が刻まれている。それに、俺の指に刻まれた紋様を近づけると、呼応するように文字が輝いた。
ゆっくりと表紙が開かれた。
真っ白なページに、赤い文字が浮かび上がっていく。滑らかに浮かぶ文字の様子は、まるで誰かがペンを走らせているようだ。
第一の項目に書かれていたのは、ビオラの生い立ちだ。マージョリーが引き取ることになった訳も書かれていた。
第二の項目には、ビオラの好物やら趣味やら、笑うと可愛いなど、まるで育児日記かと突っ込みを入れたくなるようなことが記されている。
マージョリーの親バカぶりが伺えた。
第三の項目に王城でのビオラの生活と、仕事ぶりが書かれていた。宰相との仲が悪いことや、誰も敵わない魔女に成長したことも綴られていた。
そして、第四の項目は、ビオラと契約を結んだ契約者──俺に宛てられた手紙から始まっていた。
──未来の魔術師殿へ
ここに封印の真実を綴っておく。それをビオラに伝えるも、伝えぬも、貴殿の判断にゆだねる。
幼児となったビオラは辛い思いをしていないだろうか。そのことばかりが、私は心配だ。
しかし、あの子の魔力は本物だ。故に、その力のまま解き放つわけにはいかないのだ。
突然封印をされたのだ。解放された時は、怒りに支配されていただろう。
暴走したあの子を止めるのは、私でも一苦労だからな。貴殿がどれほどの魔術師かは分からぬが、ビオラに殺されてしまっては、全てが水の泡だ。
だから、ビオラの時を戻すことを決めた。
もしかしたら、今、これを読んでいるのはビオラの封印を解いた者ではないかもしれないな。
一人ぼっちのあの子を、庇護してくれた別の者かもしれない。
どちらにせよ、ビオラが選んで契約をした者であれば、それ相応の力を持つ魔術師であろう。
人生とは、計画通りにはいかないものだが、それでも信じている。
この計画に貴殿がのってくれるとな。
あの子が笑って過ごせるよう、どうか、見守って欲しい。
そして、出来ることなら……私のことを忘れるくらい、良い思い出を作ってやってくれないか。
その為に、私はあの子に時間を作ったのだからな。
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