13-7 「妾の体は、成長しているということかの?」

 新しい靴を履いたビオラは、靴屋のミアに手を振ると軽やかに歩き出した。


「ミアは凄いの」

「何がだ?」

わらわの足が大きくなったと、すぐに気付いたのじゃ」


 さすがは職人じゃと言って笑うビオラは、赤い靴の入った紙袋を見た。


「気に入っていたのだが、仕方ないの」

「ミアに処分を頼めばよかったんじゃないか?」

「何を言っておるのじゃ。これは、妾に娘が生まれたら履かせるのじゃ!」

「──は?」

「なんじゃ、その顔は!」

「なにって……何年先の話をしているんだ?」


 一瞬間を置き、思わず失笑した俺が気に入らなかったのだろう。真っ赤な顔をしたビオラは「すぐじゃ、すぐ!」と耳を劈くような声で叫んだ。


「魔力を取り戻したって、相手がいなきゃどうにもならないだろう」

「妾の美貌なら、相手もすぐじゃ!」

「美貌ねぇ……」

「まだ疑うか! 元に戻ったら、ラスとて──」


 騒ぎながら沿道を歩いていると、くすくすと笑い声が聞こえてくる。どうせまた、親子喧嘩だと思われているのだろう。俺も、いい加減もう慣れたもんだ。

 ふと、ビオラが足を止めたことに気づいた。振り返ると、足元をじっと見る姿があった。


「ビオラ、どうした?」

「……ラス、足が大きくなると言うのは、どういう事じゃ?」

「は? 成長しているってことだろが」

「妾の体は、成長しているということかの?」

「それは……」


 上げられた顔は真剣だった。


「妾の体は、魔力と時間を失って小さくなったのか? それとも、時を戻されたのか?」


 どちらかの。そう聞かれても、俺には答えることが出来なかった。


 ***


 封印は大きく分けて二つの形式に分かれる。

 一つは物を封じて鍵をかける物理的な封印で、魔法の鍵とも呼ばれ、現在も一般的に流通している魔法だ。家の鍵や金庫の鍵に流用されている。もう一つが、記憶や魔力などの形のないものを封じるエネルギー的な封印になる。


 ビオラが幼児化した魔法は、エネルギー的な封印に分類されのではないかと考えていた。

 本来のビオラの魔力と、身体が刻んだ時を封じられたと考えれば、その二つを開放すれば、元の姿に戻る。その鍵があの鏡と封印石だと思ってきた。

 

 机に置かれたマージョリーの手記を前にして、俺は小さく息をついた。

 マージョリーは時の魔法に精通していた。それは、間違いない。

 もしもだ。封印の石が全てブラフで、発動した魔法がビオラの時を撒き戻すようなものだったとしたら、どうなる。

 戻された時を進める魔法があるのだろうか。


 無理やり大人になろうとしたビオラの姿を思い出し、頭が痛くなった。


 もしかすると、ビオラが元に戻ることは出来ないのかもしれない。

 手記を捲りながら、考えたくもない憶測が脳裏を横切り、気分が滅入った。


 気分転換をしようかとキッチンに向かうことにした。

 ハーブティーを用意しながら、小皿にドライフルーツとナッツを出していると、ビオラがひょっこり顔を出した。


「まだ寝ていなかったのか」

「子ども扱いするでない」


 拗ねたように唇を突き出す姿は子どもそのものだ。

 もう一つのカップを取り出しながら、飲むかと尋ねれば、ビオラは頷きながら椅子に腰かけた。

 二つのカップから、温かな湯気が上がった。


「……ラス、もしもじゃ」


 カップを両手で包むビオラは、真剣な表情を向けてきた。


「もしも、妾が元の姿に戻れなかったら、どうするかの?」

「何言ってるんだよ。マージョリーの手記も、研究の記録も持ち帰ってきたんだ。お前の封印は必ず──」

「師匠は! 妾に花を咲かせよと言った」

「……まぁ、そうだな」

「封印を解くことが、人生の花を咲かせることなのかの? 師匠は、妾に……人生をやり直せと言っているのではないかの?」

「……そんなバカな話があるか」

「じゃが、師匠は何を考えておるか分からぬ!」


 もしもの時の話じゃ。そう小さく呟いたビオラはカップの中をじっと見ていた。


「ラス……妾が邪魔にはならぬか?」

「何だよ急に」

「小さな妾と歩けば、父親と間違われるじゃろ? 恋の一つも出来ぬではないか」

「くだらねぇこと言ってるんじゃねぇよ」

「真面目な話じゃ! お主の人生の邪魔にはなりとうない!」


 声を荒げたビオラの表情は真剣だった。


「もう、誰の邪魔にも、なりとうない……」


 繰り返し告げる声は震えていた。

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