13-6 「靴屋に行きたいのじゃ!」

 裏庭で朝食を食べ終え、食器をカゴに入れて戻ろうとすると、ふと横に立ったビオラの身長が気になった。


「おい、ビオラ」

「何じゃ?」

「お前……背、伸びたか?」

「背、とな?」


 スケッチブックの入ったバッグを手にしたビオラは、俺を見上げて首を傾げる。

 しばらく黙って顔を見合ったが、気のせいなように思えてきた。そもそも、出会った時に正確な身長を測ったわけではないから、身長が伸びたかどうかは、急激な変化でもなければ分からないか。


「……いや、気のせいだな。なままだ」

「また、わらわをバカにしおって!」


 唇を小さく尖らせて不満顔になるビオラは、バッグ片手にずかずかと歩き出した。その後ろ姿を見ながら、ふと考えてみた。ビオラがこのまま元の姿に戻れなかったとしたら、成長するのだろうかと。


 脳裏に、小さなが浮かぶ。

 二週間もすれば、目に見て分かる成長を遂げるだろう。秋になれば、プランターには色とりどりの花が咲くはずだ。

 植物に手をかける時間はほんの短い時間だが、もしもの時、ビオラは──


「ラス! 今日は買い物に行くのじゃろ? 妾もいっしょに行くぞ!」


 俺の思考を分断するように、振り返ったビオラが大きな声で話しかけてきた。それに、ああと頷き返した俺は、ビオラの頭を麦わら帽子の上から軽く叩いた。

 やはり、少しばかり背が伸びている気がする。


「考え事かの? やはり、今日のラスは変なのじゃ」

「……そんなことねぇよ。それより、何か必要な買い物があるのか?」

「靴屋に行きたいのじゃ!」

「靴屋?」

「うむ。夏用の靴が欲しいのじゃ。この前来た時に、リアナの履いていたようなのじゃ!」


 数日前、語学を教えに着たリアナの足元を見た記憶のない俺は首を傾げた。すると、ビオラは仕方がないのと呟きながら、スケッチブックを捲って何か描き始めた。


「こう、肌が見えて涼しげそうだったのじゃ」

「……あぁ、サンダルか。暑いのなんてもう数週間だぞ?」

「ダメかの? 買わずとも、見てみたいのじゃ!」


 キラキラとした目で俺を見てくるビオラに、仕方ないなと頷けば、嬉しそうに飛び跳ねてしがみ付いてきた。


「抱きつくな。暑い」

「照れるでない!」

「誰が、ちんちくりんに抱きつかれて照れるかよ」

 

 嬉しそうな顔を見て、ため息をついた。

 下手な絵を理解するよりも、口頭での肌が見えてという説明で納得がいったとは口が裂けても言えないな。

 くっつくビオラを引き離して、俺は店に戻った。

 

 ***


 食材や日用品の買い出しが終わったその帰り、行きつけの靴屋に立ち寄った。


「久しぶりじゃない! あら、その子も一緒なのね」

「ビオラじゃ!」

「ふふふっ、いらっしゃいませ。ビオラちゃん」


 店主のミアは、すぐにビオラに気づいて笑顔になった。

 初めてビオラに買った赤い靴はなかなかの値段だったからな。あれで味を占めたのだろう。その顔を見れば、高い商品を売りつける気満々だと分かった。


「買いに来たわけじゃない」

「買って行きなさいよ」

「それが客に向ける態度か?」

「客なら買うわよね」

「……ビオラ、他の店に行くぞ」

「嘘うそ、冗談よ! ビオラちゃん、何を探しているのかしら?」


 ドアを開けて外に出ようとすれば、ミアは大慌てでビオラに話題を振った。


「サンダルじゃ!」

「サンダル?」

「リアナが履いていたのが、可愛かったのじゃ」


 きょろきょろと店内を見渡したビオラは、展示される靴棚の一角を指さした。そこには、残り僅かのサンダルが並んでいる。どれも大人の女性向けのようだ。


「リアナちゃんって、ジョリーの妹さんかしら?」

「今、ビオラに語学を教えていてな。その時に履いていたのを見たらしい」

「まぁ、ビオラちゃんはお勉強熱心なのね」


 猫なで声になるミアは、待っていてと言うと店の奥に入っていった。


「在庫を見に行ったのかの?」

「だろうな。店頭に子供向けのサンダルはないからな」


 そもそも、この店は子ども向けの靴をあまり取り揃えていないからな。元々、ミアの祖父じいさんの代まではオーダーメイドで靴を作っていた店だ。今でもセミオーダーが中心で、馴染み客を相手に商売をしているため、店頭に並んでいる商品は少ない。

 狭い店内に並ぶ靴を見るのが楽しいのだろう。鼻歌でも奏でて踊り出しそうな様子で、ビオラは商品を眺めていた。


「お待たせしました」


 猫なで声で戻ってきたミアは、いくつか、可愛らしいサンダルを並べた。白いレースが涼しげなもの、キラキラとした大きなビーズが飾られた青いもの、そして花飾りが可愛い赤いサンダルだ。


「可愛いの!」

「でしょう。良かったら、履いてみてね」

「夏はもう終わるんだ。買わないからな」

「気に入ったら、来年、買いに来てくれても良いのよ!」


 にこにこと笑ったミアは、ビオラが椅子に座って靴を脱ぐと、白いサンダルの紐を外した。

 小さな足にサンダルがあてがわれる。


「あら? ビオラちゃん、?」


 ミアの問いかけに、きょとんとしたビオラは瞬きを繰り返し、俺は背筋に冷たいものが落ちるのを感じた。

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