13-5 早朝の木陰で一息つくのも良いもんだ

「ラス! 起きるのじゃ、ラス!」


 休日の早朝、部屋に飛び込んできたビオラが、俺のベッドに飛び乗って声を上げた。


「……なんだよ、騒々しい」


 というか、いくら見た目が幼女だからって、成人男子の寝室に軽々しく入るもんじゃないぞ。マージョリーに教わらなかったのか。


 伸びすぎた前髪をかき上げながら、俺は体を起こした。

 ここ連日、魔法薬を求めに来る客が多く、多くがこの暑さにやられて栄養剤を求めてきたような状態だった。

 おかげで在庫を減らしたから、数日は、店を閉じて魔法薬を作らないとだが。


「今日は休みだ」

「良いから、起きるのじゃ!」


 カーテンの隙間から差し込む朝日を見て、置時計に目を向けるが、どう見てもまだ早朝だ。あと一時間は寝ていても罰は当たらないだろう。


 ベッドから飛び降りたビオラは、俺の手をぐいぐい引っ張った。

 仕方なく、引かれるままに部屋を出て、走るビオラの後をついて行くと、その小さな後ろ姿は店に入っていった。


 あぁ、そういうことか。

 店の窓辺に張り付いた姿を目にして、俺は納得した。


「芽が出たか」

「そうじゃ! 可愛いの」


 窓辺に整然と並ぶトレイの中には、小さな双葉が顔を出していた。


「花はいつ咲くのじゃ?」

「まだまだだ。まずこの苗を大きくするのに二週間は必要だ。それをさらにポットに移して、根を育てるんだ」

「根っこを育てるのか?……先が長そうじゃ」

「根を育てると、栄養をしっかり吸って綺麗な花を咲かせるんだ」


 まだしばらくは、このトレイのまま水やりを怠らないようにすればいいと話すと、ビオラは早速、霧吹きを持って蛇口まで走っていった。

 カウンターに備えている客用の椅子を引き、そこに腰を下ろした俺は、機嫌の良さそうなビオラの様子を見ながら、小さくため息を零した。

 振り返ったビオラが小首を傾げる。


「なんじゃ、浮かぬ顔をしておるの」

「……早朝に起こされたら、誰でもこうなる」

「そんなものか?」


 霧吹きを終えたビオラは、そのすぐ傍にあった麦わら帽子を手に取ると、スケッチブックと色鉛筆の入ったバッグを手に持った。


「朝飯、食ってから行けよ」

「涼しい内に行きたいのじゃ」

「仕方ねぇな……簡単な朝食、持っていってやる。どのあたりにいる?」

「今日は、ラスのハーブ畑でスケッチをするのじゃ!」

「すぐそこじゃねぇか」


 てっきり、森まで行くのかと思っていたから、つい噴き出してしまうと、ビオラはにこりと笑った。


「ラスの美味しい朝食、楽しみなのじゃ!」


 そう言われたら、悪い気はしないもんだ。

 照れくささに目をそらしてビオラを追い出した俺は、髪を整えるのもそこそこにキッチンに向かうことになった。


 ***


 裏庭のハーブ畑のすぐ側には、木のベンチがある。すぐ側の植木が木陰を作り、ちょうど良い休憩場所になる。

 そこに座りながら、ビオラはプラムに嚙り付いた。


「冷えたプラムは甘露じゃの」

「果物は季節のものが美味いよな」


 バゲットにチーズとハムを挟んだだけの、簡単なサンドイッチとハーブティー、果物に、ゆで卵、外で手軽に食べられるものを並べた朝食だが、ビオラは満足そうに笑っている。

 風が吹けば、少し離れたところに植えてあるラベンダーの香りが届いてきた。


「良い香りがするの」

「ラベンダーだな」

「どれじゃ?」

「こっからだとあまり見えないな。少し奥にある紫の花だ」

「遠くても香りが届くとは、凄いの」

「強すぎるくらいだ」


 思わず苦笑をこぼし、サンドイッチに嚙り付きながら畑を見渡した。

 今日のハーブティーにも、ラベンダーは入っている。ベースはカモミールだが、今朝はレモングラスとほんの少しのラベンダーを合わせた。気持ち程度のラベンダーでも香りが華やぎ、ざわつく気分を落ち着けるのに丁度いい。


 口の中のサンドイッチを飲み下し、カップに注いだハーブティーで喉を潤せば、自然と小さなため息がこぼれた。

 再び、風が吹き抜けた。

 ビオラの大きな瞳が俺をじっと見ていることに気づかないふりをしながら、もう一度カップに口をつけた。

 

「……ラス、今日はどうしたのじゃ? やはり、浮かぬ顔をしておるの」

「お前が叩き起こすからだろ」

「それは悪いことをしたが、根に持つほどのことじゃなかろう」


 指の先についたソースをぺろりと舐めたビオラは、呆れたように、子どもでもなかろうと呟く。

 幼女姿のお前に言われたくはない。そう言い返す気もわかず曖昧に笑うと、訝しむ視線がこちらに向けられた。

 

「やはり、おかしいのじゃ」

「……夏バテかもな」

「そんな繊細だったかの?」


 うるせぇと呟き、ハーブティーを飲み干した。


「なぁ、ビオラ……」

「何じゃ?」

「……口の周り、ソースで汚れてるぞ。ガキだな」

「サンドイッチが大きすぎるせいじゃ!」

 

 顔を真っ赤にしたビオラは、タオルで口周りを拭くと、そっぽを向いてカップに口をつけた。

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