第十三章 花を育てる

13-1 夏場に種から育てるのは、そこそこ大変だ

 帰宅したビオラはリビングに向かうと、寛いでいたシルバにしがみ付いた。

 顔を上げたシルバが、今度は何があったんだと言うように俺の顔を見てきた。


 花屋の店主の言った言葉は、俺も目から鱗だった。

 よくよく考えたら、成功をした時に花を咲かせると言うこともある。東方の国の言葉に「死に花を咲かせる」なんてものもあったな。意味は、名誉を残すような立派な最期だったか。


 マージョリー・ノエルテンペストという人物に関して、俺はビオラの視点でしか情報がなかったからな。少しばかり偏った見方をしていたのかもしれない。それに、あの鏡に遺された言葉が、全て、何かしら魔術的な意味を持っていると決めつけていた。


「なぁ、ビオラ」

「……わらわは今、話す気分ではない」

「そう言うなって。あの鏡の言葉を、もう一度考え直そうぜ」

「考えるも何も……妾には、師匠の作り出した魔術を解くことは、一度も出来なかったのじゃ」

「だから、それだよ、それ」

「……それとは、何じゃ?」

「お前さ、ちょっと偏った見方をしすぎてたんだ。俺は俺で魔術って偏りから抜け出せず、解けなかった」


 奇才マージョリー・ノエルテンペストは、そこを上手く使ったんじゃないか。

 本当の意味は、案外、文字通りなのかもしれない。


 ビオラを逃がすために封印の魔道具を作りだし、そこに言葉を刻んだ師匠、いや、家族としてのマージョリーの思いはどうだったのか。案外、どこにでもいるような親と同じ気持ちだったんじゃないか。


 花を咲かせる。──泣きっぱなしじゃなくて、笑っているビオラを、本当は見たかったんだろう。

 あの花屋の店主の言葉を聞いて、俺はそう思えて仕方なかった。


「言ってる意味が、分からぬ」

「そうだと思う。だから──」


 口を堅くビオラの手に、花の種が入った小さな紙袋を持たせた。花屋で買っただ。


「その花が咲く頃には、俺も、あの手記を読み切れると思う。お前は少し、花を育てながら考えてみろ。育ての親マージョリーがお前に宛てた言葉をさ」

「師匠が、妾に宛てた言葉……」

「さて、夕飯の準備をするか」


 種の袋をじっと見るビオラは俺を振り返らなかった。

 今夜は、静かに一人で作るとするか。


 ***


 翌朝、いつものスケッチをして戻ってきたビオラは、不思議そうに俺の足元にあるバケツを見下ろした。その中では、買ってきた花用の肥料と土が混ざっている。

 

「土など、いくらでもあるのに、なぜ買ってきたのじゃ?」

「これは種の発芽に適したものなんだ」

「……何だか面倒じゃの」

「植物を育てるってのは、土壌作りが肝心だからな」

「マイヤーたちもそうやって、花を育ててるのかの?」

「あぁ、もっと大変だと思うぜ。プランターとは規模が違うからな」


 小さなスコップをビオラに渡し、取り出した仕切りのあるトレイを指さした。


「これは何じゃ? 妾が選んだ、あれに土を入れるんじゃないのか?」

「あれは、発芽した後、しっかり葉が出そろって蕾がついてからだ」

「なんと……花を育てるとは、手間がかかるんじゃの」

「暑い夏だから、なおさらだぞ」

 

 苦笑して、俺は一つのトレイに土を入れ始めた、見よう見まねで、ビオラも別のトレイに土を入れていく。

 仕切られたトレイすべてに土を入れ終えると、俺はそれを店の中に運び始めた。


「中に入れるのかの?」

「あぁ、しばらくは涼しい部屋で管理してやるんだよ。ここなら、日当たりも良いし」


 店の窓辺に急遽こしらえた棚を見たビオラは、不思議そうな顔をしていた。


「涼しいのじゃ」

「水と風の魔法を組んで、この棚は一定温度を保てるようにしている」

「どうしてじゃ?」

「発芽するには、タネに丁度いい温度と水を与えてやらないといけないんだよ」

「……花を咲かせるまでは、道のりが長そうじゃの」

「ほら、まだトレイが残ってるぞ。全部運び終えたら、種まきだ!」


 ため息をつくビオラの頭を、麦わら帽子の上から叩いた俺は、再び外に出た。

 それから丁寧に、仕切られた場所一つに一粒、タネを撒いていく。こうすることで間引きの手間を省けるんだが、これも、ビオラは面倒な作業だと言っていた。

 種を一気に巻けば、花畑よろしく芽が出ると思っていたようだ。魔法を使えばそれも出来るが、それじゃ、意味がないような気がするからな。

 こうして、ビオラの初めての花の世話が始まった。

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