12-7 魔法薬はハーブティーの強化版みたいなもんだ
トマスの様子は相当に悪そうだ。
肩を揺らして浅い息を繰り返しているが、深くは吸い込めていないように見える。
首筋に触れてみると、尋常じゃないほど肌が熱く、服は汗でずいぶん濡れていた。だけど、咳や鼻詰まりはなさそうだ。
夏風邪にしてはおかしい。そんなのは、医者じゃなくてもすぐに分かった。
「なぁ……まさかとは思うが、俺が作ってる魔法薬を飲ませちゃいないだろうな?」
「……は、半分だけだよ。頭が痛いって言うからさ」
「おいおい、言ったよな! 子どもには絶対飲ませるなって!」
「ずいぶん大きくなったし、す、少しだけなら良いかと、思って……」
視線を逸らしてもごもごと言うエッダに、怒鳴り声をあげ、俺は髪をかき乱した。
冗談じゃないぞ。
俺の作る魔法薬は、
だと言っても、場合によっては毒にもなる。
「適量を誤ったら毒ってこともあんだよ! くそっ、解毒からか。何を飲ませた!?」
「鎮痛剤だよ」
「よりによって!」
ダンには悪いが、当分、エッダには魔法薬を売れないな。
杖の先で床を殴るように叩いた俺は、泣きながら謝るエッダに、小さく舌打ちをしていた。
謝罪は、自分の息子にしてくれ。
心の中で毒づき、俺はカウンターに備え付けている簡易コンロに向かった。
湯を沸かしている間やることは、乾燥ハーブを選ぶことだ。
棚の前に立ち、俺は低く唸った。
トマスはまだ十にも満たない子どもだ。解毒作用のある植物にも、年齢的に飲ませたくないものがある。
「ニワトコの花、
ぶつぶつと呟きながら、解毒作用のあるものを少量ずつ取り出していると、エッダが悲痛な声を上げた。
振り返ると、エッダの腕の中でトマスが青い顔をして震えていた。
「ラス! トマスが、トマスがっ」
「汗が冷えたか。着替えさせてやりたいが──」
「騒々しいの。ラス、夏雪草はこれで良いかの?」
緊迫感のない声のする方を見れば、いつの間に戻ったのか、少し顔を赤くして肩で息をするビオラがいた。
「ビオラ、丁度良かった。俺の部屋からチュニックと毛布を持ってきてくれ」
「チュニックと毛布じゃの。任せよ! シルバ、行くぞ」
カウンターに白い花が入ったカゴを置いたビオラは、訳を聞くこともなく、そのまま裏の扉から店を出て自宅へと向かった。
泣いているエッダを励ます余裕はない。
ティーポットに適量のハーブを入れて湯を注ぐ。これだけではただのハーブティーだが、ここからが魔術師の腕の見せ所だ。
杖を構え、深く息をつく。
「南の空を渡る癒しの息吹、大地を潤す恵みの涙」
詠唱に呼応するように、杖の先端から温かな風が生まれ、使い古されたポットを包み込んだ。
蓋がカタカタとなり、柔らかな花の香りが立ち上がる。
「ひと
ひとりでにポットの蓋が開き、中から琥珀色に輝く液体が吹き上がり、部屋中に漂う花の香りが濃くなっていく。
杖の先で床を叩けば、俺の全身から立ち上がった魔力が、琥珀色のハーブティーへ向かっていった。
まるで蔦が絡まるように、魔力に覆われたハーブティーは空気中で不思議な球体となる。
涙を引っ込めたエッダが、呆然と、その光景を見上げていた。彼女の腕の中のトマスも鼻をすんっと鳴らして閉ざしていた目を開ける。
「さぁ、仕上げだ!」
魔力によって包み込まれた液体はぐっと小さくなっていく。そして、黒い煙が立ち上ると、輝きを増したそれは用意しておいたカップに落ちた。
ポット一杯あったハーブティーから出来上がった魔法薬は、カップ三分の一ほどだ。
杖を置き、カップを持ってトマスの横に腰を下ろしてそれを差し出すと、何も言わなくても小さな手がカップを掴んだ。
「ゆっくりでいい。全部飲むんだ」
小さな口の中に解毒の魔法薬が流れていくのを見守っていると、背中をツンっと突かれた。
「チュニックと毛布じゃ」
「あぁ、助かった」
「ラス、他に手伝うことはないかの?」
「新しい魔法薬を作る。お湯を沸かしてくれ」
心得たといって簡易コンロに向かうビオラの表情は、気のせいか、生き生きとしていた。
「エッダ、トマスがそれを飲み終わったら着替えさせてやれ」
「あ、ありがとう……」
「今からトマス用の解熱、鎮痛剤を作るけど、明日、必ず医者に連れて行くんだ」
「もちろんだよ!」
「それから、あんたが反省するまで、うちの魔法薬は売らないから、そのつもりでいてくれ」
説教なんてのは性に合わないが、俺の魔法薬で幼い子が命を落としでもしたら、商売あがったりだからな。
エッダにはきっちり反省してもらわないとだ。
トマスの頬に赤みがさすのを確認したのは、それから間もなくしてだった。
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