12-6 花を植える場所をどこにするかが問題だ

 焼きたてのグラタンを、はふはふと頬張っていたビオラは、ご満悦な様子で深い息をついた。

 相変わらずいい食いっぷりだ。


「チーズが香ばしくて良いの」

「そりゃ良かった。んで、お前は何でそんな荷物を用意しているんだ?」


 皿の上のベーコンにフォークを突き立てたビオラは、一瞬きょとんとした。俺の視線が横に向けられると、釣られるようにそちらに顔を向け、椅子の上に置かれた鞄を見て頷く。


「花じゃ!」

「メナード家でも言ってたが、どういうことだ?」

「師匠はわらわに花を咲かせよと言ったのじゃ。だから、花を咲かせるのじゃ!」

「……あれは言葉通りの意味だっていうのか?」

「分からぬ。しかし、花を育てれば、何か分かるかもしれぬ!」

「まぁ……どうせしばらくは、マージョリーの手記の解読に時間を費やすし、花を育てるくらいは良いけどな」

 

 薄く切ったライ麦パンの上にグラタンを載せ、それに嚙り付くと、ビオラの目が見開かれた。俺の真似をして、ライ麦パンを手に取ると、同じようにグラタンを上に載せて頬張った。

 幸せそうにパンを食べる顔を眺めながら、レモン水で口の中のものを流し込み、俺はもう一度荷物に視線を向けた。


「花を植えるのはいいが、その荷物は部屋に戻せ」

「むぐっ、んんっ……な、何故なにゆえじゃ!? 花と言ったらマイヤーたちであろう!」

「俺は今、謹慎中だって言っただろう。師匠が戻るまでは、マーラモードを出られない」

「……謹慎」


 ビオラはどうやら、俺が組合長に言い渡されたことをすっかり忘れていたようだ。肩を落として、しょぼんとしながらスープのカップを手に取ると、それをちびちびと飲み始めた。


「別に、マイヤーたちに聞かなくても、花屋に行けばいいだろう?」

「花屋?」

「この前、エイミーに花を買っただろう。あそこで、種や苗も売っている」

「そうなのか? 花を咲かせられるかの?」

「そんなに心配なら、メナード家の庭師にでも相談すりゃいいだろうしな」

「おぉ! なるほど、その手があったか!」


 少し考えれば思い付くだろうが、どうやら、ビオラはすっかり視野が狭くなっていたようだ。

 マイヤーたちに会いたいと駄々をこねられずに済んだのはいいが、さて、裏の庭に花壇を作るとすると少し一苦労だな。


 スープを飲み干し、ふと、窓の外を見た。

 窓の向こうに広がるのは小さな菜園だ。と言っても、ほとんどが魔法薬に必要な植物だ。料理に使う香草ハーブもいくらか育てているが、色鮮やかな花壇が広がる庭園とはかけ離れている。


 花と言っても様々だ。

 母親が生きていたころは、菜園のそばに花壇もあったが、今は、誰が見るわけでもない花壇はすっかり雑草に覆われている


 園芸の知識は乏しいからな。バラのような難しい花を咲かせたいとか、ビオラが言い出さなければ良いんだが。

 

「……鉢植え《プランター》で育てるか」

「ぷらんたー、とな?」

「あぁ、裏は畑にしちまってるし、鉢植えなら店の前にも置けるだろう?」

「よく分からぬが、花を育てられるのじゃな!」

「この時期に植えられる花は……花屋で聞けばいいか」

「それじゃ、食べ終わったら、花屋に連れて行ってたもれ!」


 今日は仕事も入っていないし、まあ良いかと頷いていると、店の呼び出し鈴が鳴り、床に伏せていたシルバが顔を上げた。

 何度も繰り返し鳴らされるベルに、異常さを感じ、俺は食べかけのパンを皿に置くと急いで店に向かった。


 店に繋がるドアを勢いよく開けると、そこには青い顔をした女がいた。その背には、六歳ほどの子どもが背負われている。


「エッダ? どうしたんだ」

「ラス、どうしよう。うちの子……トマスの熱が下がらないんだよ」

「熱? 医者に連れて行ってないのか?」

「バーノン先生は、今日、お休みなんだよ」

「そうか……ビオラ、たらいとタオルも持ってきてくれ!」


 おろおろとする母親エッダは、この丘の下にある村に住むダンの嫁さんだ。ここらでは、おしどり夫婦としても有名だ。

 息子のトマスは少しヤンチャだが、村の皆から可愛がられていて病気なんてしそうにない活発な子だ。

 そのトマスの状態を探っていると、足音を大きくしてビオラが戻ってきた。


「ラス、盥とタオルじゃ!」

「そこに置いてくれ。それと、裏庭から夏雪草の花を摘んできてくれ」

「夏雪草?」

「細かな雄しべがたくさん出ている小さな白い花だ。シルバ、案内してやれ」

「分かったのじゃ! シルバ、くぞ!」


 シルバの背に乗ったビオラが店を出ていくのを確認した俺は、杖の接合部分ジョイントをカチリと鳴らした。

 盥に向かって杖を振れば、その中から水が沸き上がり、氷が浮かび上がった。このくらいなら、詠唱をしないでも造作もないことだ。

 

「今から、解熱剤を作る。その間、息子の汗を拭って冷やしてやるんだ」


 頷いたエッダは、来客用の長椅子に降ろされたトマスの体を拭き始めた。

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