12-4 円環の鏡と封印の鏡
数か月ぶりに訪れたメナード家は、艶やかな緑と鮮やかな花々に彩られていた。
通された応接室から見える庭は、樹木の選定も行き届き、噴水の周りを彩る花々の輝きを見ていると時間を忘れそうだ。
「ラスの店も、これくらい綺麗にすれば良いのじゃ」
「そんな暇あるか。本来なら、この時期はかき入れ時なんだぞ」
「かき入れ時とな?」
「夏に酷使される空調、冷蔵、水場の魔法道具がトラブルを起こすことが増えるんだ」
故障の原因は、想定以上の酷使で起きる。使用年数の問題もあるが、動力の基盤に組み込まれた魔法石の損傷だったり魔導回路の摩耗だったりが多い。定期メンテナンスをサボっていた奴らが、悲鳴を上げて応急処置に駆け込む時期の一つが夏だ。
今年は、夏前にマーラモードを出ていたから、そのメンテナンス業務で稼ぐことも出来なかった。それどころか金を使いすぎたくらいだからな。そろそろ、通常の仕事も再開したいところだし、暇なんてのは一ミリもない。
「まぁ、店が暇でも、花を植える気はないけどな」
「
「……暴食の魔女様が和むねぇ」
「
応接テーブルの上に用意されたクッキーを摘まみ、ビオラは眉を吊り上げた。
そんなに花が好きなら自分で育てたらいいだろうに。
クッキーを食べているビオラを見ながら、花かと呟いた時だった。ドアが開き、姿を現したダグラス・メナードが「お久しぶりです!」と笑顔で挨拶をした。
「先日は、ビオラの身分証をの発行、助かりました」
「お役に立てて良かった。わざわざそのことで?」
「いや、実は──」
向かいの椅子に腰を下ろしたダグラスは、俺がちらりと控えている執事らしき男に視線を向けると、何かを察してくれたのだろう。すぐさま人払いをした。
「今日は、これを見て欲しくて来た」
「……魔法石、ですね」
革袋の中から取り出した白い魔法石をテーブルに転がすと、ダグラスは首を傾げた。
ジョリーが裏市場で手に入れてきたものだ。
「円環の鏡に使う魔法石だと、俺の仲間が掴まされたものだ。だが──」
言葉をそこで切り、ビオラを見ると、彼女は肩に下げていたポーチの中から、鏡を取り出した。そして、手にした魔法石を鏡にある台座に合わせる。
しかし、それが嵌まることはなかった。
「この魔法石は、大きいのじゃ」
「……では、この石は偽物と言うことですかね」
「いや、そうとも言えない。そもそも、この鏡が円環の鏡ではないって可能性は、ないか? 今日は、それを確かめに来たんだ」
「どういうこと、でしょうか?」
ダグラスの顔がわずかに険しくなったのを、俺は見逃さなかった。
「遺物ってのは模造品も多い。本物は手元に置き、模造品で金を稼ぐってのが、古い時代に貴族たちの資金稼ぎで流行った手だったからな」
にっと口角を吊り上げると、ダグラスの顔はさらに険しくなっていく。
今の時代、遺物の模造品で稼ぐのは違法だ。明らかな模造と分かる
「……確かに、メナード家も古い時代にはそのような形で資金集めをしていました」
「てことは、円環の鏡を作った五人ってのは、模造品を作った魔術師って可能性もあるんじゃないか?」
「それは……」
「勘違いしないでくれ。俺は過去の資金繰りをどうこう言いに来たんじゃない」
「では、何を知りたいのですか?」
「この魔法石が本物を真似たものかを知りたいのじゃ!」
テーブルに転がる石を掴んだビオラは、それをダグラスに見せるように突き出した。
そう、これは封印の仕組みを解析するチャンスだ。
メナード家が過去に行っていた資金繰りを暴いたとして、俺らには何の利益もない。それよりも重要なのは、この魔法石の役割を突き止めることだ。
もしも、過去に魔法石まで真似が出来たという事実があるなら、俺たちも、同じことが出来るはずだ。
「この鏡の制作者は……亡国ネヴィルネーダの魔女だった。城まで行って調べたから、間違いない」
「ダグラス、教えてたもれ。この石はなんじゃ? 妾は、この鏡の封印を解かねばならぬのじゃ!」
ビオラが声を張り上げると、ダグラスは深く息を吐いた。
「……ご想像の通り、円環の鏡は模造品です。模造品に封印の力はなかったそうです。ですが、その造形美だけでも相当な値段がついたと聞いています」
「封印の力は、ない……」
ぽつり呟いたビオラの手から、白い魔法石が零れ落ちた。
精巧に真似をするにも、細かい造形を作り出すだけでも至難だったそうだ。さらに組み込んだはずの魔法陣は上手く発動しなかった。
あのマージョリー・ノエルテンペストだから動かせる魔法陣だったということなのか。あるいは、魔法石にも細かな仕掛けがあり、模造した魔術師たちでは、それを再現できなかっただけかもしれないが。
床に落ちた魔法石を拾い上げ、俺はそれをじっと見た。
分かっていたが、いくら見回しても、石には何も刻まれていない。
磨かれた白い石に俺の影がぼんやりと写った。
振り出しに戻った。そう思わずにいられず、俺は小さく息をついた。
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