12-3 ジョリーに頼んでいたことを、すっかり忘れていた
青い空を見上げていたビオラが「行ってしまったの」と言った。どこか寂しげなのは、顔を見ないでも分かった。
潮風がビオラの柔らかな髪をすくうようにして抜けていく。
前髪をかき上げた俺は、そうだなと頷くことくらいしか出来ず、その横で空を眺めていた。
「飛空艇は海を行く船より早いの」
「そりゃぁ、積んでる動力炉が違うからな」
「
「船ほど快適じゃないぞ」
「どうしてじゃ?」
「居住空間が少ないからな。それに娯楽施設もない」
「なんと……エイミーたちは、つまらぬ旅になりそうじゃの」
行かなくて良かったとばかりに笑うビオラは、どこまでも続く青空に手を伸ばすと、何かを掴むように小さな拳がグッと握られた。
ややあって、握られた拳が開かれ、その手が下ろされた。
「帰るのじゃ!」
振り返ったその顔は、少し無理に笑っているようだった。
俺がいるだろ。そう言うのも何か違うような気がして、ビオラに掴まれた手を握り返すに止まった。
***
魔術師組合の飛空艇が、師匠とエイミーを乗せて大陸に向かった翌日のことだ。
店先で、魔法薬の在庫や道具の確認をしていると呼び鈴が鳴った。
振り返ると、ジョリーが立っていた。どうにも不機嫌な顔をしているのは、フリージアも大陸に行ったからだろうか。
「よぉ、ジョリー。仕事の依頼か?」
「そうじゃない」
ばつが悪い顔でカウンターに近づいたジョリーは、革袋と紙の束を無造作に置いた。
「これは?」
「お前に頼まれていた、円環の鏡の件だ」
「円環の鏡……」
「おいおい、忘れたとか言うなよ! 俺に、鏡の魔法石を持ち去った魔術師の
俺が首を傾げたことに呆れ果てたのだろう。声を荒げたジョリーはカウンターに寄り掛かると大きくため息をついた。
その直後だ。再び入り口のドアが開き、
「騒々しいの。外まで声が聞こえておったぞ」
「こいつに言ってやれ。それより、森はどうだった?」
「問題なしじゃ! ん? 」
「なぁ。ビオラちゃん、聞いてくれよ。ラスの奴、俺を扱き使っておいて、そのことを忘れてるんだぜ!」
「騒々しいと思ったら、ジョリーかの。そんなことより、喉が渇いたのじゃ!」
「そ、そんなこと……」
「保冷庫でレモン水冷やしてるぞ」
そう言ってやれば、ビオラはご機嫌でカウンターを抜けて裏の居住区へと駆けて行った。その後ろ姿に向かって、ジョリーの行き場のない手が伸ばされている。
半ば無視に近い状態で、そんなこと呼ばわりされたのがよほどショックだったのだろう、ガックシと項垂れやがった。
「おい、ジョリー。それで、結局のところ魔法石は見つかったのか?」
「そうだ! 探した五つの家で、現在も魔術師を輩出しているのはたった一つだったんだが──」
めんどくさいヤツだと思いながらも、話を振ってやれば、ジョリーは勢いよく顔を上げて話を始めた。
苦労したんだぜと愚痴を混ぜながら語られる言葉を半分も聞かず、俺は紙の束を捲った。そこには、各家柄、系図なんかが記されている。
それにしても、おかしな話だ。
メナード家の書庫で調べた時、あの鏡は円環の鏡と呼ばれ、五人の魔術師が作ったと伝えられているものだと知った。だが、あれはマージョリー・ノエルテンペストによって作られた封印具だ。間違いない。
「で、肝心の魔法石だが、一つ、その魔術師を輩出している家が保有している。それは譲ってもらえなかったんだが、もう一つがこれだ」
「見つかったのか!?」
「本物かどうかは、鏡に嵌めてみなくちゃ分からないだろうが、裏市場で売りに出されてたぜ」
「……マジかよ」
袋からコロンと出てきたのは白い魔法石だった。それを手に取り、俺は僅かな違和感を感じる。
「魔術師の末裔が、金に困って売り払ったのかもな」
「これを? 白に対した価値なんてないだろう」
「まぁ、宝飾品としての需要は低いけど、五百年前のものと分かれば、相当価値が──」
「どうやって、五百年前のだって証明するんだ?」
「そんなの、鏡を……あ」
そこまで押し問答をすることで、ジョリーは気付いたようだった。
基本的に、魔法石は色で価値が決まる。
白の魔法石は使い勝手が良いことで重宝されるが、魔力に対する耐性が低いため、高度なものには使えない。さらに、発掘数も多いため、宝石としての価値も低い。古い出土品であれば価値も上がるが、それを証明をするモノがなければ、ただの石ころも同然だ。
これが、円環の鏡に使われる魔法石だったとして、鏡と共になければ価値があるものだなんて、誰も思いやしないだろう。
「末裔のアホが、その価値を信じられなくなって売り払った、てとこか」
「経緯はどうあれ、手に入ればいいんだろ?」
「まぁ、本物ならな」
俺の言葉に、ジョリーの顔が引きつった。
「とりあえず、鏡に嵌めてみるか……おい、ビオラ!」
裏に通じるドアを開けて呼べば、バタバタと騒がしい足音が近づいてきた。
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