11-10 組合長の決定は絶対だ
男達は頭を床に擦りつけるような格好で喚き散らし、矢継ぎ早に話し始めた。
うちの師匠と組合長は、日頃、反りが合わないって言うのに、こういう時ばかり息が合うんだよな。そこに、フリージアが加わって、男達の恐怖はピークだろう。
三人の威圧に耐え切れずペラペラと話し始める様子を見て呆れていると、ビオラが俺の腕を引っ張り、しゃがめと言うように手招きをした。
「アドルフも大概じゃが、組合長とやらも
「敵に回したくないだろ?」
ひそひそと話すビオラに少し驚きながら苦笑すると、つぶらな赤い瞳がさらに大きく見開かれた。
「ラスでもそう思うのか?」
「技術も経験も、あの二人には敵わないだろうが。たとえ魔力で上回っていても、厄介なことこの上ない」
「……確かにそうじゃの。
「暴食の魔女様でもかよ」
「魔力でねじ伏せたとしても、その後ろにはラスやフリージア……妾の知らない魔術師もおるじゃろ?」
予想外に殊勝なことを言うビオラは楽しそうに笑った。
「いろんな魔術師に会ってみたいの」
「良い奴ばかりとは限らねぇぞ」
「その時は、遠慮なく、捻じ伏せればよいのじゃ」
「ま、元の姿に戻ってからの話だな」
小さな頭を軽く叩くと、ビオラは満面の笑みを向けてきた。
「この世界は楽しいことがいっぱいじゃ」
俺にとっては当たり前の毎日、当たり前の世界だが、国の滅亡にあったビオラからしたら、このマーラモードでの生活は随分と光り輝いているのだろう。
ビオラが来てからというものの、俺の日常は少し騒がしいような気もするけどな。
二人でこそこそ話していると、数名の魔術師が部屋を訪れ、フリージアと共に男達を連れ出していった。
扉が無情に閉ざされた。
「他の部屋で事情聴取、ですか?」
「あぁ、フリージアに任せた。さて、ラス。お前の話も少し聞こう」
「俺の話?」
「あぁ、エイミー・レミントンを見つけた後、彼女を連れ回して亡国ネヴィルネーダまで行ったのはなぜかをな」
執務机に戻った組合長は、真っすぐに俺を見た。向けられた切れ長の瞳が部屋の明かりを受けて光った。亜麻色の瞳の中には砂金の様な輝きが散らばり、その魔力の大きさを物語っている。駆け出しの魔術師だったら、震えあがるだろうな。
ビオラの頭から手を放し、立ち上がった俺は組合長に向かう。
「あちらから送った定期報告のとおり、エイミー・レミントンが体に施す魔力増幅の魔術を、野放しにするのは危険と判断したからです。同時に、彼女をこちら側に引き込めれば、組合にもメリットがあると考えました」
「では、すぐにでも連行するのが、特級魔術師としての義務ではないか?」
「俺の最優先は、ビオラの魔力を取り戻すこと。それは、彼女との契約でもあり、組合長、あなたとの約束でもあります」
「……ふむ。そうだったな。では、お前がエイミー・レミントンを連れ回したことで、このマーラモードに追っ手を招き入れ、町に被害が出ることになったという認識は、お前にあるか?」
「組合長とやら、それは違うのじゃ! 妾がエイミーを連れて行こうと──」
何を思ったのか、ビオラは執務机に両手をつくと声を上げた。おそらく、俺が責められているとでも思って助け舟を出そうとしたのだろう。ありがたい話だが、そんなもの、ここでは無用だ。
「ビオラ、黙っていろ。ここで、お前は客なんだ」
「……客?」
「お前は、マーラモードの魔術師じゃない」
「なんじゃ、その屁理屈は!」
「組織ってのはそう言うもんだ。内輪のことは内輪で話し合い、長が決定する。お前の国も、そうだっただろう?」
「それは……」
小さな頭を撫でてやれば、ビオラは唇を噛んで悔しそうに俯いた。
「よく分かっているな、ラス」
「これでも、特級魔術師の末席に置いてもらってますからね」
「町への損害はアドルフとフリージアにも多大な責任があるため不問とするが、エイミー・レミントンを連れ回す前に、応援を呼ばなかったのは問題だったと、私は思っているよ。己の力を過信したな」
「申し訳ありません」
己の力を過信したと言われたら、否定はできない。レミントン家を引っ張り出そうという考えもあったが、仲間が数人いれば、もう少し楽に立ち回れたのも想像が容易にできる。そう考えれば、俺にも非があったことになる訳だ。
不満顔のビオラを見て、内心、笑いが込み上げた。
理不尽と言えば理不尽かもしれない。
だが、単独行動の結果、招かれざる客を呼び込んだことに違いはない。
それにだ。うちの組合長が、本当に理不尽な決定をするわけがない。そんなことをしたら、師匠が反旗を翻すに決まっているからな。
「そこでだ。お前にはしばらく謹慎を命じる」
「……謹慎?」
「レミントン家のことは、アドルフに任せる。お前は、しばらくこのマーラモードに残るように」
その決定に、不満の声を上げるビオラだったが、俺は静かにそれを受け入れた。
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