第十二章 種を植える

12-1 ささやかでも誰かと食事をするのは良いものだ

 魔術師組合ギルドで各々事情聴取を受けて、丘の上の店に戻ることが出来たのは黄昏時だった。

 思い返してみれば、一日ろくに食べもせず動いたもんだ。事情聴取の間、組合長が軽食を用意してくれはしたが、一日の消費カロリーを考えると到底足りない。


わらわは腹ペコじゃ!」

「私もだ。ラス、何か食べ物はないのかい?」

「師匠もかよ……すぐ用意するから、これでも食って大人しく待ってろ」


 今朝、焼いておいたスコーンを皿に盛って出せば、ビオラと師匠は目を輝かせた。その後ろに視線を移すと、入り口のところで立ち尽くすエイミーの姿がある。


「お前もそんなところに突っ立ってないで、座って食え」

「わ、私も良いんですか……?」

「俺が食えって言ってるんだ、食え」

「エイミー、妾の横に来るのじゃ!」


 皿にスコーンを置いたビオラは、空いている椅子をバンバンっと叩いた。


「ラスのスコーンは絶品じゃからの! 一緒に食べようぞ」

「エイミー、君は私の弟子候補になったのだから、もう家族みたいなものだ。遠慮することはないんだよ」

「……家族ですか」


 困惑したエイミーは、胸の辺りで両手を握りしめると俯いた。

 俺やビオラと違い、彼女にはまだ父親がいたな。自分をいいように使っているような男でも、彼女にとっては家族なのだろうか。


 困惑している様子を見た俺は、エイミーが実の父親とレミントン家を潰しになど迎えるのか、少しばかり懐疑的になった。

 彼女が嫌がったところで、もう組合は動き出したけどな。だいぶ前からレミントン家は要注意とされ、踏み込むための口実探しを続けていたようだから、今回のことを見逃すはずがない。

 

 嫌な沈黙の中、師匠は黙々とスコーンを頬張り始めた。この人は本当に自由だな。

 とりあえず、俺は夕飯の用意をするしかない。

 テーブルに背を向けようとした時、ビオラが椅子から飛び降りてエイミーの傍に寄った。そして、彼女の腕を引っ張る。


「エイミー、難しいことは考えず、まずは腹ごしらえじゃ!」


 握られていた指が解け、エイミーの足が一歩、前に踏み出された。

 エイミーを椅子に座らせると、ビオラはせっせと皿を出し、その上にスコーンを置いていく。


「この蜂蜜はレモンの花からとったものじゃ! 美味しいから食べてみよ」

 

 ガチャガチャと煩くしながら、かいがいしくエイミーへ話しかけるビオラに思わず笑い、俺は料理に取り掛かった。

 朝作っていたスープは、味を調えればすぐにでも食べられる。夏野菜をグリルで焼いている間に、手っ取り早くハムとベーコンでも焼くか。それと、トマトとチーズのサラダでも出せばいいだろう。

 大陸から戻る前、ジョリーに頼んで補充してもらっていた食材を保冷庫から取り出して調理を始める頃には、後ろから陽気な笑い声が上がった。


 エイミーが師匠と共に、再び大陸に向かうのは明後日だ。

 俺は謹慎を言い渡されたため、しばらくはマーラモードを出ることが出来ない。ビオラは不満そうだったが、師匠が必ずエイミーを連れて帰ってくると約束したことで、しぶしぶ了承した。


「ラス! 明日の食事は豪勢にしてたもれ!」

「あ? 何だ急に」

「エイミーが家族になるお祝いと、アドルフと二人、無事に帰宅するのを祈って、食事をするのじゃ!」


 グリルに、切った夏野菜を並べた天板を入れていると、突然ビオラが大声を上げた。振り返ると、口の周りを粉まみれにしながら満面の笑みでこちらを見ている。皿からもスコーンの粉が散らばっていて、酷いありさまだ。


「おい、もう少し綺麗に食えないのか?」

「スコーンが大きいから仕方ないのじゃ。それより明日じゃ!」

「……分かったよ。それなら、まず買い出しだな」


 保冷庫の中身を思い浮かべてみたが、豪華な食事を作るには、あまりにも心もとない。


「私は出航の手配や打ち合わせがあるから、夜まで三人で頑張ってくれよ。あ、久々にラスのオムライスが食べたいな」

「……さり気に、リクエストしてんじゃねぇ」

「ケーキも作るのじゃ! エイミーも一緒にじゃぞ!」

「わ、私もですか!? あ、あの……りょ、料理は、あまりしたことがなくて」


 ぽろりとエイミーの手から落ちたスコーンが皿に転がった。困惑した顔でこっちを見ているが、その口周りもビオラと同じように粉まみれだ。

 思わず噴き出して笑いそうになった俺はお玉レードルを手にして背中を向け、込み上げてくる笑いに肩を震わせた。


 見た目は子どもで中身が大人のはずなビオラ。それと真逆な、見た目は大人で中身が子どもなエイミー。どっちを見ても、ただの子どもにしか見えない。

 まったく、とんだ家族が増えたもんだ。

 

「す、すいません! あ、あの! 私、武器を作るのと魔法を考える以外に脳がなくて!」

「いや、いい……それに、ビオラが言ってるのは盛り付けの話だ。そう難しく考えるな」


 ふつふつと沸き始めたスープの入った寸胴ずんどうをかき回しながら、俺は小さく息をついて気持ちを整えようとしたが、やっぱり可笑しくて小さく噴き出した。

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