11-8 組合長は悩みが尽きなさそうだ

 魔術師組合ギルドにはいくつかの窓口や施設がある。

 魔術師に仕事を斡旋する窓口や、災害や病気などで動けなくなったときに相談できる窓口、食事や宿を提供する施設等は組合に登録したばかりの駆け出しの奴らに重宝される。


 さらに、金の預け入れが出来たり、魔術関連の厄介ごとが起きれば仲介や解決もしてくれる。他にも恩恵をあげたら切りがないが、魔法、魔術に関する仕事をする奴にはメリットが大きいと言える。

 ただし、高位の魔術師ともなると、魔術関連の厄介ごとに対処するよう、組合長から直々の指令が下ることも増える。組合から報酬も出るが、時として、国を跨いでの大仕事になることもあって、嫌な顔をする魔術師も少なくない。


 氷の魔女フリージアをなだめ、氷漬けになりかけた男達と共に、俺たちはマーラモード魔術師組合にある組合長室を訪れていた。

 磨かれた黄色のハイヒールが転がる男を踏みつけた。


組合長マスター、こいつら八つ裂きにしてもいいかしら?」


 まだ怒りが収まらないらしいフリージアは、隠しきれない冷気を放ちながら、執務机に向かう大柄な男、アルバート組合長へと声をかけた。

 踏みつけられた男の肩あたりが、うっすらと霜が降りる。


「やめてくれ。彼らは一応、正規のルートでマーラモードに入っている。やりすぎは国家間の問題に発展してしまうよ」

「……ふんっ、命拾いしたわね」


 足元で怯える男を冷たく見降ろしたフリージアは、爪先で蹴飛ばすとかかとを鳴らして腕組みをした。こいつらの目的に俺が関わってると知ったら、どんなとばっちりにあうか、考えただけでも恐ろしいな。

 ビオラが袖を引っ張ぱり手招きをした。少し屈むと、声をひそめて尋ねてきた。


「正規のルートとは何じゃ?」

「あぁ……国同士で争いごとを起こさないよう、身分証を提示しないと他国には簡単に入れないんだ」

「身分証? わらわにはないが、船で大陸にけたぞ」

「お前の身分証は、メナード家が発行してくれてる」

「メナード家……あぁ、あの薔薇の庭のある屋敷かの?」

「一応、このマーラモードを治めてる貴族様だからな」


 そういや、ビオラの身分証を発行してもらってから、きちんと礼に行っていないな。一度、現状の報告も兼ねての挨拶は必要かもしれない。そんなことを思っていた時だ。後ろの扉がノックもなしに開いた。

 姿を現したのは、飄々とした師匠とエイミー、そして顔が腫れ上がった男二人だった。

 見るも無惨な姿となった黒服の男達が床に転がされた。


「アル、遅くなったね」

「……アドルフ、随分暴れたそうだな。被害届がずいぶん来ているぞ」

「おや、そうかい。魔法による被害が出ないよう、壁を展開したつもりだったんだが」

「魔法以外の被害だ!」


 額の端に残る古傷を指先で触りながら、顔を引きつらせた組合長は深いため息をついた。


「アル、怒鳴ると血圧が上がるぞ。そろそろいい歳なんだから」

「お前に言われたくはない!」


 この二人、同期らしいんだが昔から反りが合わないらしく、俺が幼い頃もよく口喧嘩をしていた記憶しかない。まぁ、組合長にまで上り詰めるような堅実な人からしたら、いい加減の塊みたいな師匠と反りが合わないのだろう。


 師匠のことだから、バイクで逃走しながら、道なき道を走ったんだろうな。それこそ、街中の壁や屋根、もしかしたら店舗の中を突き抜けたかもしれない。

 追手を撒いて終わりではなく、逃げながら包囲網を張って男達を捉えたんだろうが、怪我人の一人や二人が出ていてもおかしくなさそうだ。

 組合長は深いため息をついた。


「怪我人が出なかったことだけは褒めてやる」

「そりゃどーも。まぁ、私の不手際に対してのお小言は後で聞くとして、まずは、こいつらをどうするかだろう?」


 にこにこと笑う師匠は、転がる四人の男達を一瞥した。


「私の弟子が呼び込んだ厄災とも言えるが──」

「ラスが呼び込んだ、ですって?」

「師匠、言い方……」

「まぁ、間違いじゃないの」

「ん? あぁ、もしかしてフリージアは何も知らないのかい?」


 びしびしと床に氷の模様を浮き上がらせたフリージアは、憎しみの眼差しを俺に向けた。駆け出しの魔術師だったら、そのひと睨みで死ねるかもしれないな。実際、彼女の足元に転がっている男は恐怖で震えている。


「フリージア、落ち着くんだ。ラスも巻き込まれたに過ぎない」

「巻き込まれた?」

「あぁ。お前もレミントン家の話は聞いたことがあるだろう」

「大陸の戦争屋ね」

「そのレミントン家のお嬢さんが、彼女だ」


 間に割って入るように声をかけた組合長は、師匠の横に立つエイミーを指さした。


「ラスとビオラ嬢が彼女と接触したことで、レミントン家が進めている魔法武器の現物を手に入れることも出来た」

「そう……それと、うちの人や娘を巻き込むような事態になったのは、どういうことかしら?」


 エイミーを振り返ったフリージアは彼女に歩み寄ると、その顔を覗き込むようにして睨みつけた。


「その人たちは、私を捕らえに来たんです。巻き込んでしまって、申し訳ありません!」


 勢いよく頭を下げたエイミーの両手は固く握りしめられていた。その手が小刻みに震えている。

 しばらくの沈黙の後、フリージアは短く息を吐いてきびすを返した。


「……素直なのは好きよ」

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