11-5 偽ジョリーはリアナの拳に震え上がる!?

 偽ジョリーは話す気がないようだ。

 こいつの目的は何だ。ジョリーに成り代わって、俺の足止めをしようとしたのか。それとも、ここで何かを探していたか、俺の店に入り込むつもりだったのか。

 可能性を並べながら、杖で自分の肩を叩きながら首を傾げていると、カウンターの内側にリアナが踏み込んだ。

 

「どういうこと? あなた、誰なの?」


 少し蒼白になった顔で、身動きの取れない偽ジョリーに一歩、また一歩と近づく様子は鬼気迫るものがある。

 あれは、怒っているな。そんなことを思いながら様子を見ていると、リアナはぴたりと足を止めた。

 

「お兄ちゃんはどこ? お義姉ねえさんとアーちゃんをどこにやったの!?」


 偽ジョリーの胸ぐらを掴んで発せられた言葉に、俺は顔色を変えた。


「おい、リアナ。ジョリーの嫁さんと娘がどうしたって?」

「今朝からいないの。に聞いたら、西の沿岸に新しくできた公園まで行ったって」

「マジかよ……」

「何じゃ、雲行きが怪しいの。さっさと、吐かせた方が良さそうじゃが──」

「お前がさらったのか!?」


 何てことをしてくれたんだ。

 ビオラの声が遠くに聞こえるほど、焦りを覚えた俺は叫びをあげていた。そのまま、カウンター向こうに杖を向けたその時だ。リアナの拳が振り上げられた。

 俺の魔法で身動きが出来ない偽ジョリーの頬に、白い拳がめり込む。それは見事かつ鮮やかに。

 ぽろりと白い歯が数本、床に落ちてカツカツッと小さな音を立てて転がった。


「おい、リアナ!」

「どこにお義姉さんとアーちゃんを攫ったの!?」


 シャツを掴んで揺さぶるリアナは、もう一発とばかりに拳を握った。

 偽ジョリーは軽く脳震盪のうしんとうを起こしているのだろう。視点が定まらず、痛みにうめいている。


「やめろ、リアナ! 殴り殺す気か!?」

「だって! もしも、アーちゃんに何かあったら!」

「二人とも落ち着くのじゃ。リアナ、身内を心配する気持ちは分かるが──」

「落ち着いていられないわよ! だって、このままじゃ町が危ない!」

 

 間に割って入ったビオラの口がぽかんと開いたままになった。意識が戻ったらしい偽ジョリーも、リアナの台詞が理解できないのか、眉間にしわを寄せて困惑している。

 そりゃそうだろうな。突然、町の心配をしたんだから。混乱して、気でも触れたかと思うとこだろう。

 、その安否を心配するのが当然の流れだ。だけど、あのジョリーの妻をこなせる女が、一般人な訳がないんだ。

 杖の先で、偽ジョリーの胸を小突くと、その困惑した瞳がこちらを向いた。

 

「おい、お前。仲間は何人だ? この期に及んで、だんまりは止めとけよ」

「……仲間がいるの?」

「ラスの店を襲撃した奴らは四人組だったの。こいつは、その一人じゃろう」

「店を襲撃!?」

「あぁ。だとすると、ジョリー達を見張ってるのは、一人ってとこか。さすがに、師匠のとこに一人で飛び込むアホはいないだろうし」


 とんとんっとリズムよくその胸を軽く小突いていると、男は次第に顔色を悪くした。


「少数精鋭で挑むつもりじゃったか?」

「ふんっ、俺も舐められたもんだな」

「そんなことより! お義姉さんはどこ!?」


 はっとしたリアナは再び偽ジョリーを揺さぶった。

 襲撃のことをと言われ、男はさらに困惑したのだろう。恐怖に染まった目でリアナを見ると、俺に視線を向けた。

 

「洗いざらい喋ってもらおうか。それとも、お前の意識に干渉して無理やり喋らせようか」


 少し力を込めてトンッと強く、杖の先を汗のにじんだ胸に押し付けると、赤い魔法陣が浮き上がった。瞬間、その青ざめた唇が震えた。


「ご家族そろって、丁重に扱っている! 我々は手荒なことなどしていない!」

「そんなこと関係ないの! どこ、どこにいるの!」

「……マリッサホテルの最上階だ。懸賞当選を装い、招待した」


 唸るように絞り出された声を聞き終わる前に、リアナはカウンターを飛び出した。


「おい、リアナ!」

「車を出すわ。急がないと、町が氷漬けになっちゃう!」

「氷漬け? リアナはさっきから何を言ってるのじゃ?」


 物騒なことを口走るリアナに瞬きをしたビオラは、ジュースの残りを飲み干すと、椅子から飛び降りた。

 偽ジョリーを魔法の縄で縛り上げた俺は、その先を引っ張った。男を抱え上げる趣味はないから、しっかり歩いてもらわないとな。


「ジョリーの奥さんてのは……俺ら魔術師の中では、ちょっとした有名人でな」

「ふむ。恐れるほど強い魔女ということじゃな」

「あぁ……氷の魔女って通り名がつくほどにはな」


 店の外に出ると、丁度リアナがごつい魔導式四輪駆動車を横付けしたところだった。


「車とやらは、可愛くないのばかりじゃの」

「仕事用だろう」


 窓が開き、顔を出したリアナが「乗って!」と叫んだ。

 ビオラを助手席に座らせた俺は、偽ジョリーを後部座席に押し込めて乗り込んだ。

 マリッサホテルまでは、ここから十五分ってところか。何も起きないと良いんだが──懸念を抱きながら、リアナの荒っぽい運転に体を揺さぶられた俺は顔を引きつらせた。

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