11-4 「一発殴って吐かせればよいのじゃ」

 ビオラと顔を見合わせ、頷き合った。

 いつもとは何かが違うジョリーを前に、脳裏に蘇るのは、を書いていた師匠の楽しそうな笑みだ。

 おそらく、あの人はジョリーの不可解な様子も予測済みなんだろう。

 師匠から預かった遺物をカウンターに置いた俺は、椅子に腰かけた。その横にビオラも座る。


「いつも通り、遺物の査定よろしくな」

「こちらですね」

「それと、一ヵ月前に頼んだやつは、進んでいるか?」


 袋に手を伸ばすジョリーから、俺は一旦それを遠ざけた。すると、行き場を失った右手が握られ、引き戻される。

 ジョリーの顔に困惑の色が浮かんだ。


「一ヵ月前……」

「仕事の合間にやってくれれば良いって頼んだヤツだ。そろそろ、終わってるかと思ってな」

「あー、あれですね。あれはまだ途中でして」

「途中? どこまで進んだんだ」

「半分ほど。なので、あと一ヵ月は……」

「まずその半分を受け取っていく。こっちは、その後だ」

「いや、ほら、完全な状態でのお渡しするのが信条でして」


 一ヵ月前、俺が頼んだのは情報の収集だ。

 鏡の封印に欠かせない魔法石を持っていなくなった魔術師の末裔たちに関する情報。その行方が全て掴めれば完璧だが、そこまで望んじゃいない。一人でも良いから、今は情報が欲しい。


 俺の考えていることは、幼馴染のジョリーであれば分かるはずだ。

 それにだ。あいつなら俺がいない間の進捗を自慢げに報告しそうなもんだ。ここまでやるのにどれ程大変だったか大袈裟に話ながら、情報料に色をつけろと言い出しかねない。


「信条なんてご大層なもん、守銭奴の俺らにはないだろう?」


 にっと口角を上げて、なんとか営業スマイルを維持するジョリーを見る。

 

「……守銭奴?」

「稼ぐための最良の道は、客の意向を的確に汲むこと。その上で、対価を求める」


 商売人としちゃ当たり前だが、その意向ってのを見極めるのはそれなりに難しい。完璧を求めて大枚はたく客もいれば、少額で何とかして欲しいって頼む客もいる。

 常に完璧なんて目指せやしないし、客の言いなりじゃ商売上がったりだ。当然、客と腹の探り合いもある。心情なんて綺麗な言葉で着飾れるような、仕事でもない。


ジョリーあんたの信条とやらは何だ? 客が常に完璧を求めているって思ってるのか?」

「それは……」


 その笑みが強張り、返答に戸惑いが見えた時だ。奥の部屋から飲み物を持ってきたリアナが、陽気にお待たせと言った。

 冷たいグラスが二つ、カウンターに置かれる。


 グラスを滴り落ちた水滴に指先をつけ、カウンターに指を走らせながら「お前は誰だ?」と問えば、ジョリーの顔から笑みが失せた。

 チッと舌打ちをしながら、男はジャケットの下に手を差し込んだ。その瞬間、数度、カウンターを叩くと、俺を中心として部屋中に魔法の光が広がった。


 何が起きたのか分からないらしいジョリーが一瞬、辺りに視線を投げた。

 その一瞬が命取りだったな。

 ジョリーの足元から魔力で生み出した影の手が現れ、その体をしっかりと掴んで捉えた。

 リアナが小さく悲鳴を上げ、トレイが床に落ちる音が響くと、驚愕に見開かれたジョリーの目玉がぎょろりと動いた。


「残念だったな。魔法ってのは、別に音を発さなくても発動が可能だ。ジョリーなら、そのくらい知っているぜ」


 立ち上がりながら、俺はベルトに挿している杖を引き抜いた。


「さぁ、洗いざらい喋ってもらおうか? よ」

「回りくどいことをするの」

 

 グラスを手にしたビオラはそう言いながら、ストローでグラスの中の氷をくるくるとかき回した。


「一発殴って吐かせればよいのじゃ」

「おいおい、もしかしたら操られてるだけかもしれないだろ?」

「ふん。それなら、なおさら衝撃を与えればよかろう」

 

 分かってないなと言うように、ビオラは大きくため息をついた。その手には、いつの間にかバッグから取り出した魔書がある。

 パラパラとページの捲れる音が響いた。

 

「拷問なら、わらわの方が上手かろう」

「手荒なことをするつもりはねぇが……まぁ、大人しく話さない時は考えるか」


 カウンターに腰を掛け、杖の先をジョリーに向けた。この杖自体には殺傷能力なんてものはほぼないが、からしたら、多少なりとも脅しになるだろう。


「ジョリーはどこにいる」

「きっ、君は、何を言ってるんだ?」

「しらばっくれても遅いぜ。何せ、ジョリーの右手の平には赤い痣が──」


 そう言いかけると、ジョリーは焦った顔をして右手を見た。

 勿論、そんなのはデタラメだが、拘束された偽物は冷静さを失っているのだろう。上手いこと釣られてくれた。


「あぁ、痣なんてなかったか。で、なんで俺の話に焦ったんだい、偽物さん?」


 脂汗をかき始めた偽物は唇を噛んだ。

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