10-9 六十歳を越えているが師匠は現役だ

 まだ使えそうな部屋にエイミーを運び入れた俺たちは、埃っぽい椅子に腰を下ろして向かい合っていた。


「師匠、今まで六年近く、音沙汰なしで何をしていたんだ?」

「もうそんなに年月が過ぎていたか」

「笑って誤魔化すなよ」


 はははと作り笑いを浮かべる師匠アドルフは、長い銀髪を揺らすと「困ったな」とぽつり呟いた。


「ちょっと未踏遺跡を調べていたんだ。そしたら、マーラモードから、お前がこっちに向かっているって情報が入ってな」

「……俺の行動は全部筒抜けだったってことか」

「まぁ、一応、私はお前の師匠だし。もしもの時に対応できるのは私くらいだから、仕方がないだろう」


 目を細めて笑う師匠は、ビオラに視線を移した。


「組合から聞いてはいたが、暴食の魔女さんと会えるとは思ってもいなかった。長生きをするもんだな」


 見た目だけなら五十路にも見えない若作りが、何を言っているんだか。

 俺が呆れてため息をついていると、ビオラはふむと頷いた。


「ラスの師匠殿は凄い魔力を持っておるの。あの飛空艇スカイシップとやらを落としてしまうとは!」

「あぁ、あれはハリボテだったからな。動力部に一撃食らわせれば、大人しくなると思ったんだ」

「ハリボテ?」

「なんだ、気付かなかったのか? あれはレミントン家の宣伝用飛空艇だ。速度は出るが飛行船とそう変わらないぞ」


 にやにやと笑う師匠から目をそらし、俺は小さくため息をつくと前髪をかき上げた。

 いくら攻撃をしても戻ってくるわけがないわけだ。あれには戦闘力はほぼないことになる。こちらの戦力が分からない以上、エイミーを連れ戻すことが最優先事項だったのだろう。


「魔術師に求められるのは知識と観察力、そして事前準備だと教えただろう? ラス、もう少し冷静になれ」


 まるで子どもを諭すように言う師匠は、再びビオラに向き直る。


「まぁ、抱えるものが多いと焦ることもあるだろうが……ところで、魔女さん」

「ビオラじゃ!」

「では、ビオラ殿」

「堅苦しい呼び方は好きじゃないの。ラスはわらわをビオラと呼ぶのじゃから、師匠殿も妾をそう呼ぶがよい!」

「そういうことなら、私のことも名前で呼んで欲しいものだな。ビオラちゃん」

「うむ。よろしく頼むぞ、アドルフ!」


 手を差し伸べたビオラに応え、師匠は小さな手を握った。


「本当に小さい手だな」

「小さいとは傷つくの」

「これは失礼。可愛らしい手ですね」

「うむ。それでよい」

淑女レディーであることを失念しないよう気をつけなければ、だな」

「……師匠。そんなことを話すため、ここに留まってる訳じゃないだろう?」


 にこにこと向き合う二人は、まるで孫と祖父のようだ。

 現状は、そんなアットホームな場面でもない。この廃城には魔物はいなさそうだが、一歩外に出れば魔物の蔓延はびこる森がある。夜に活動が活発になる種類がいるのを考えれば、ここで野営をするにしろ、立ち去るにしろ、それなりの準備に取り掛からなければならない。

 

「せっかちじゃの」

「ラスは昔からああだ。気が利く分、意外と細かくてな──」

「師匠!」

「そう怒るなよ」


 思わず声を荒げた俺は、揶揄からかわれたと気付き、今日何度目か分からないため息をつくことになった。


「エイミー・レミントンの話は、私のところにも来ていた。しかし、レミントン家は独自の情報網を持っているようで、彼女の追跡はなかなか困難でね」

「こっちの組合ギルドもレミントン家を敵に回したくないから深入りをしないんだろうな」

「そんなところだ。だけど、魔術師組合としては、これ以上レミントン家を野放しにもできない」

「では、アドルフもエイミーを追っていたのか?」


 鞄の中からドライフルーツを取り出して食べ始めたビオラは首を傾げた。

 

「ついでにだけどな。そしたら、ラス、お前は隠れもせずエイミーを連れ回しているっていうじゃないか」

「目的が済んだら、マーラモードに連れて行くつもりだったんだ。こっちのギルドに渡したら、情報が俺のところにまで来るとは限らないだろ?」

「なるほど。その選択は間違いではないな。ただし、エイミーの痕跡を残したことで、レミントン家にも場所がバレた訳だ」

「多少は覚悟していたが……まさか、飛空艇が出てくるとは思っていなかった」


 言い訳にしかならないが、ため息交じりにそう言いながら、長椅子の上で気を失ったままのエイミーを見た。

 その頬には殴られたのだろう痣がある。他にも暴行を受けた跡があり、白いシャツのいたるところに、血がにじんでいる。

 俺がもう少し先手を考え、罠でも仕掛けていればエイミーがここまで酷い怪我を負うこともなかっただろう。


「まったく、お前は詰めが甘い……まぁ、その年で完璧でも困るがな」


 俺が肩を落としていると、師匠は優しく目を細めて笑った。さらに、椅子によじ登ってきたビオラか、俺の頭をぽんぽんっと軽く叩いてくる。

 全く、二人揃って人を子ども扱いしやがって。


「元気を出すのじゃ。エイミーは生きておる。アドルフとも再会できた。良いことづくめじゃ!」

「……あぁ、そうかもな」

「ビオラちゃん、良いこと言うな。安心しろ、私も一緒にマーラモーへ戻る」


 突然の宣言に、俺の頭は理解が及ばず「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げて師匠の満面の笑みを振り返った。

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