10-8 規格外の師匠は、いつの時代にもいるものなのか。

 大量の書物の中から必要最低限を厳選するのは、なかなか時間がかかった。


「持ち出すにも限界ってもんがあるだろう」

「全部持って帰りたいのじゃ!」

「無理だ」

「しかし、このまま置いてゆくわけにもいかぬじゃろ?」

「そうだが……車に載せる量にも限界がある」


 そんなことを俺たちは繰り返し言い合っていた。いつまでもエイミーを待たせている訳に行かないだろうと説得し、やっとのことで厳選した書物を地下の部屋から運び出したところだ。

 しかし、開けた扉の先にエイミーはいなかった。


「エイミーはどこじゃ。探索にでも行ったのかの?」

「仕方ない。その辺でも探してくるか」

「そうじゃの。これを運ぶのも手伝って──」


 積み上げた書物をぱんぱんと叩いたビオラは、手伝って欲しいと言いかけたが、眉間にしわを寄せて唇を引き結んだ。


「どうした?」

「真新しい足跡がある。それも、争った形跡じゃ」

「なっ──!」


 ビオラが指差すあたりを見ると、積み上がった埃の上にいくつもの靴跡があった。明らかに、俺たちのものだけではなく、大勢が踏み荒らした跡だ。さらに、まだ乾かない血痕もいくつかあった。


「ラス! 外を見よ。あれは何じゃ!?」


 俺が他に何か手掛かりはないか探っていると、ビオラが声を上げ、窓の外、上空を指差した。

 見上げると、大きな飛空艇スカイシップが遠ざかっていく姿があった。その機体にカラスの紋章が刻まれている。あれには見覚えのある。レミントン家のものだ。


「ビオラ! その書物は部屋に放り込んでおけ! どうせ俺らでしか取り出せない!」

「どうするのじゃ?」

「どうもこうも──」


 ベルトに挿す折りたたまれた杖を引き抜き払うと、接合部分ジョイントがカチリと音を立てた。それを両手で持つと、力の限り窓に叩きつける。

 土埃で汚れた窓は、いとも簡単に砕け散った。


「来い! 追いかける!」


 後ろのビオラに手を差し伸べ、掴んだ手を引き上げ、その小さな体を抱えて俺は外に飛んだ。

 風が吹き上がり、身体が打ち上げられる。直後、背中に激しい熱が集まるのを感じた。それを力業よろしく押し広げると、再び風が生まれた。


「飛ぶぞ!」

 

 輝く魔力の風が大きな両翼となり、羽音を立てた。


「ラス、あれは飛行船か?」

「違う。飛空艇だ」

「あんな形、見たことがないのじゃ!」

「飛行船と比べたら、速度も性能も段違いだ」


 魔力で作り出した翼を操り、速度を上げながら前方を睨んだ。

 飛空艇を持っている組織は限られてくる。各国の軍や規模の大きな魔術師組合ギルド盗掘屋トレジャーハンター組合。そう考えながら脳裏をよぎったのは戦争屋の存在だ。

 あの飛空艇に描かれているカラスの紋章はレミントン家のものだ。エイミーの父親が彼女の足取りを把握していて、連れ戻しに来たのだろう。


「離されてゆくのじゃ!」

「分かってる……ビオラ、一発、デカい魔法を叩き込め!」

「魔法を?」

「何でもいい! それで、こっちに注意を向けるんだ」

「分かったのじゃ。特大の一撃を見舞おうぞ!」


 魔書を広げたビオラは、小さな指で狙いを定めた。


「我が声を聞きし西の風よ。東の空に大輪の花を咲かせよ!」


 ビオラの言葉に答え、背後に大きな魔法陣が浮かび上がり、いくつもの魔力の弾が飛空艇に向けて発射された。


「咲き誇れ!」

 

 凛とした声が高らかに宣言すると、魔力の弾は飛空艇に接近した位置でいくつも弾け飛んだ。それはまるで夜空に弾ける花火のように、輝かしい光を青空に放つ。

 船体にも当たったようで、大きな機体が僅かにかしいだ。

 こっちに気づいて戻って来いと念じるも、飛空艇が旋回する様子はない。無駄だったのかと舌打ちを零したその時だ。突如、飛空艇から煙が上がった。


「ラス、何かしたのか?」

「俺は何も……落ちるぞ!」

「エイミーを助けるのじゃ!」


 傾いた飛空艇は森へと落ちていく。

 そこに向け、再び魔力の翼を羽ばたかせた俺だったが、前方からとんでもない影が近づいてくるのに気付いた。


「ラス、どうしたのじゃ! 急いでエイミーのところへ──」

「その必要はないようだ」

「どういう事じゃ?」


 速度を緩めた俺に、噛みつきそうな顔をしていたビオラだったが、すぐさま何者かが近づいてくることに気がついたようだ。

 黒い影はぐんぐんと近づいてくる。その人物は、俺と同じように背中に魔力の翼を広げている。

 ビオラの小さな唇が小さく震えた。


「……なんじゃ、この魔力は」

「まさか、こんなところで会うとは思ってなかったな」

「知り合いかの?」

「知り合いも何も──」


 ビオラの問いに、思わず顔を引きつらせて笑っていると、その人物は顔が分かるほどの距離まで接近してきた。涼しい顔で笑う男の腕には、気を失ったエイミーが抱えられている。

 その人は、俺のことにとっくに気づいていたようで、声が届くほどの距離まで来ると、当然のように声をかけてきた。


「相変わらず、詰めが甘いな、ラス」

「……どうして、こんなところにいるんですか、師匠」


 俺の問いに、一拍置いたビオラが「師匠じゃと!?」と悲鳴に間違われそうな奇声を上げた。ここが人のいない森の上空で本当に良かったと、つくづく思ったほどだ。


「初めまして、暴食の魔女さん」


 銀髪を揺らした師匠アドルフは六十歳を超えてるとは思えない若々しい笑顔を浮かべた。

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