10-10 懐かしの我が家へ、ようこそ

 約一ヵ月ぶりとなった我が家に戻ると、留守番をしていた銀狼のシルバが出迎えてくれた。しかし、いつもと様子が違う。喜んで走ってくることはせずに、足を止めて様子を伺っている。どうやら、俺の後ろにいる師匠アドルフを見て戸惑っているようだ。


「シルバ、ただいま」


 師匠が腰を下ろしてそう言うと、長い尻尾が揺れた。直後、駆けだしたシルバは、まるで幼い頃に戻ったようにはしゃいだ様子で師匠に飛びついた。


「何じゃ、シルバはアドルフが好きなのか?」

「シルバの怪我を直したのは師匠だからな」

「こらこら、もう私も年だからな。お手柔らかに頼むよ、シルバ」

「あ、あの、ラスさん……あれって魔狼ですよ、ね?」

「そうだな」

「……魔物と暮らしているんですか?」


 予想外に、エイミーは俺を異端者でも見るような眼を向けてきた。


「エイミー、シルバは大人しいし良い子じゃぞ」

「しかし、魔女さん……えっ、えぇ!?」

「なるほど。シルバの背はビオラちゃんの居場所になったのか」


 シルバの背にビオラがひょいっと乗ると、エイミーは驚きの声を上げた。その横で、師匠は頷きながら俺に寂しそうな目を向けてくる。どうせ、小さい頃は俺が乗っていたことを思い出しているのだろう。

 

「俺が乗ったら、シルバが潰れるだろうが」

「私もけるはずだな」

「師匠、鏡を見たことあるのか?」

「失礼だぞ。毎朝、きちんと髭を剃っている」

「その髭、剃らない方が年相応に見えると思うぞ」


 くだらないことを言いながら家の中に入ると、師匠は驚いたように声を上げた。


「ずいぶん綺麗にしてるな。それに、埃も湿気もない」

「家を空けている間は、ジョリーに換気を頼んでたからな」

「ジョリー君か! 元気にしているか? 妹のリアナちゃんはそろそろ学校を卒業する年じゃないのか?」


 荷物をリビングに降ろしていると、師匠は懐かしそうに部屋に飾られた肖像画を眺めながら尋ねてきた。


「卒業が危しいって言ってたな」

「ジョリー君は優秀だったと思うが」

「リアナは考えるより動くタイプだからな」

「なるほど。それは学校で学ぶより、師匠を見つけた方が良いな」

「紹介してやれよ」

「ラス、お前がなってやればいいだろうが」

「俺はあいつの面倒で手一杯だ!」


 そもそも弟子を取るつもりは欠片もない。そう言ってビオラが見ると、傍に駆けよってきた。


「ラス、荷物の整理も良いが、お茶にしようぞ!」

「で、では、私が淹れてきます! お台所はどこですか?」

「エイミーは客だ。ゆっくり座って待つのじゃ!」


 少し緊張気味のエイミーは困った顔をしたが、師匠が座っていなさいと言うと、大人しくソファーに腰を下ろした。すご傍に、シルバが様子を探るようにして近づいたもので、驚いた彼女は顔を引きつらせて硬直している。


 二週間前、封印の森セージョセルバで師匠と再会を果たし、必要な書籍や少しの遺物を持ち出した。マーマレース国は特にレミントン家の目が光っていると考え、帰りはハンフリーを経由してマーマレースの東にある商業国ケルシーから出港し、マーラモードに戻ってきた。予定より帰国が遅くはなったが、特に襲撃されることもなく、こうして今を迎えている。


 エイミーと師匠をリビングに残してキッチンに行き、ハーブティーを淹れながら、俺は思わずため息を零した。


「どうしたのじゃ?」

「……どうしたもこうしたもだ。ハンフリーで少しはネヴィルネーダの話を探れると思ってたんだよ」

「ハンフリー?」

「歴史上では、暴食の魔女を封印するのに中心となった国ってことになっている。ネヴィルネーダの北に位置しているな」

「そうじゃったのか……北……」

「まぁ、仕方ない。またそのうち行くか。師匠もしばらく、ここに残るみたいだしな」

「うむ。そうじゃ、エイミーのことも相談せねばの」

「それは心配ないと思うぞ」


 トレイにポットとカップを四つ並べ、俺は苦笑した。

 ビオラは首を傾げてこちらを仰ぎ見る。


「どうしてそう言い切れるのじゃ?」

「まぁ、弟子の勘だな」


 それから、戻ったリビングの前で立ち止まった俺は、静かにと合図するよう口元に指を当ててビオラを見た。

 そっと扉を開けて手招くと、ぱちくりと瞬いたビオラは、その隙間からそっと中を覗いた。

 師匠とエイミーは壁際に並ぶ家具チェストの前で談笑している。師匠の手にあるのは、俺と母親が描かれた肖像画だ。


「楽しそうじゃの」

「そうだな。とは言え、まずは組合を納得させなきゃいけないな」

「うむ。じゃが、それはアドルフが何とかするじゃろ?」

「……違いない」


 師匠なら、黒を白にも変えそうだ。

 そんなことを思って思わず笑い声を零すと、エイミーがこっちを振り返った。

 扉を押し開け、何食わぬ顔で「お待たせ」と言い、俺たちはリビングに入った。

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