第九章 魔女の記憶

9-1 魔術師って人種は好奇心の塊なんだろう。

 宿に戻ってきたエイミーは、ビオラが俺を揶揄からかって遊んでいたのだ説明され、初めこそいぶかしんで俺を見ていたが分かってくれたようだった。

 予定よりも数時間遅れて宿を出ることになった俺たちは、再び廃城ネヴィルネーダに向けて出発した。

 当然だが、運転は俺だ。寝不足だろうが何だろうが、中身が十四歳のエイミーにやらせるよりはマシだ。


「今日は、寄り道しないからな」

「何故じゃ。せっかくの旅じゃろう! そう急がずとも良いではないか」

「旅行に来てる訳じゃない」

「相変わらず、ケチ臭いの」


 ケチとかそういう問題ではない。こっちは仕事返上で大陸まで来ているんだ。つまり、約一月収入ゼロ。普通に考えたらよほどの金持ちでなければやらない豪遊だろう。ジョリーに火蜥蜴の石サラマンドライトを売り渡して大枚を得たとはいえ、無駄な金を使う気は元からない訳だ。

 後部座席でくつろぐビオラは小さく欠伸を噛み殺した。


「眠いなら寝ていけ。起きる頃には次の町に着いているだろう」

「せっかくの旅じゃと言うに……」


 わらわとしたことがと不満そうにぶつぶつ言っていたビオラだったが、すぐに寝息を立て始めた。車の振動が心地よいのだろう、クッションに顔を埋めて穏やかそうな笑顔を見せている。


「寝ちゃいましたね」

「これで少しは静かに進めるだろう。エイミー、お前も適当に休んでいけよ」

「ありがとうございます。でも、ナビを引き受けたので、頑張ります」


 横で拳を握るエイミーは地図を広げた。

 二、三時間、走らせたら休憩を取るか。そんなことを考えながらハンドルを切った。

 しばらく沈黙が続いたが、半時もせずにエイミーが口を開いた。


「成長をするのは、簡単なんですね」

「……ビオラのことか?」

「はい。まさか、私の魔法陣を見ただけで、本当に魔力を使って成長しちゃうなんて……」

「あいつは、ちょっと規格外だからな」

「規格外、ですか?」

「あぁ……元から持っている魔力の質が、俺なんかと比べ物にならねぇってことだ」


 危うく、暴食の能力について口を滑らせるとこだったが、我ながらが上手いこと誤魔化したもんだ。

 俺が苦笑を零すと、エイミーはなるほどと頷いて後部座席を振り返った。

 

「赤い瞳の魔女は……初めて出会いました。ラスさんの紫というのも、珍しいですよね。まるでアメジストのようです」

「ははっ、よく言われるな。けど、俺よりもビオラの赤は本当に貴重だ。悔しいくらいの素質を持ってる証拠だな」

「ラスさんでも、悔しいとか思うんですね」

「そりゃ、思うさ。ビオラが本来の力を取り戻したら……」

 

 俺では敵わないだろう。そう言いかけて言葉を濁した。

 もしも、本来の力を取り戻したビオラを取り押さえるとしたら、どれほどの魔術師が束になれば、敵うのだろうか。想像も出来やしない。


 魔術師組合ギルドは、今のところ俺にビオラを預けている形になる。彼女が本来の力を取り戻したいと願っていることも、俺が協力することも報告済みだ。

 まあ、今のビオラを見る限り、町や国を亡ぼすようなことはないだろうが、もしものことを組合はどこまで考えているのかは疑問だ。

 自由にさせても問題ないと、何か確証を持っているのだろうか。

 一度、本部の組合長ギルドマスターに面会して話をする必要があるかもしれないな。


「……あいつは、自由にどこまでも行きそうだと思ってな」

「自由にとは、どういう意味ですか?」

「ん? あー、俺とビオラは師弟って訳じゃない。俺はあいつが本当の力を取り戻す手助けをしているだけだ」


 ビオラにとって、五百年後の世界は知りたいことが山のようだろう。真新しいもので溢れた様は、宝石箱かもしれない。

 魔術師って人種は好奇心の塊が多い。ビオラはそれに違わずだし、俺だって同じだ。知らない世界に放り出されたら、好奇心を止めることが出来ないことは、簡単に想像がつく。


 エイミーの刺さるような視線を感じながら、俺はミネラルウォーターのボトルに手を伸ばした。

 少し干上がった喉に、ぬるくなった水を流し込み、俺は口元を緩めた。


「ビオラは世界を見たがっているし、自由になったら止められないだろうな」

「……世界を見ると言うのが、いまいちピンと来ないのですが……一緒には無理なんですか?」

「一緒?」

「はい! ビオラさんはラスさんと一緒の方が楽しいって言うと思います」

「……そうかな?」

「はい。私、今まで家の仕事のために各地を旅することもありましたが、いつも一人でした。それはそれで楽しいんですが」


 もじもじと手をすり合わせたエイミーは、ちらりと後ろを見る。


「こうして、ラスさんとビオラさんとご一緒している方が何倍も楽しいです」


 頬を少し赤らめたエイミーは、再びもじもじとして少し視線を彷徨わせると、まるで恋する乙女のような顔で「アドルフ様との旅も楽しいでしょうか」と尋ねてきた。

 幼い頃、あの自由人の代名詞のような師匠と出かけた様々な思い出が、ふと脳裏に浮かんだ。


「楽しいが、なかなか大変だと思うぞ。あの人もだいぶ自由人だからな」


 そう答えると、エイミーは早くお会いしたいですと言って、フロントガラスの向こうに広がる青空を見上げた。

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