8-11 火蜥蜴の魔力と合わさったビオラの魔力は、どれほど狂暴なのか。

 砕けた魔法陣の欠片が細かな流砂となり、暗闇に流れて消えた。その中で蹲るビオラは、くぐもった嗚咽を零した。

 小さな肩が忙しく呼吸を繰り返す。何かに抗っているのは一目瞭然だった。


 火蜥蜴の石サラマンドライトに集めた魔力が、ビオラの体内で暴れようとしているのだろう。魔物の体内で作られた赤の魔法石は、魔力の塊のようなものだ。それと合わさったビオラの魔力は、どれほど狂暴化しているのか。

 いくら魔力を食べる暴食の能力をもっていても、小さな体で一度に取り込むなんてのは無茶だったのか。

 

「今すぐ、魔力を──」

「よ、よい……心配はいらぬ」


 魔力を回収しようと言いかけると、細い指先が杖の先を握りしめて拒んだ。

 ぽたぽたと汗を垂らしたビオラは口角を吊り上げる。


「さすが、わらわの魔力じゃ。暴れおる。しかし……持ち主に歯向かうなど笑止千万じゃ!」


 悲鳴に近い声がそう叫ぶと、背を丸めたビオラは何かぶつぶつと唱えながら、両手で自分の肩を抱きしめた。直後だ。熱と共に水蒸気が上がり、視界を悪くした。


「ビオラ!?」


 思わず声を上げ、立ち込めた水蒸気の中に手を突き入れた。長椅子の辺りを探ると、指先に柔らかく熱いものが触れる。

 また魔力を食いすぎて気を失ったのかと思ったが、次第に薄まる水蒸気の中で、ビオラは身じろいだ。


「おい、大丈夫か?」

「……少し気怠いが、悪い気分ではないの」

「そりゃ、よか……ビオラ?」

「なんじゃ?」

 

 水蒸気がすっかり消え、俺の視界に入ってきたビオラの姿は、十四、五才、思春期の少女になっていた。

 パジャマ代わりに着ている俺のチュニックから、ぷにぷにとした幼女とは違う、ほっそりとした手足が突き出ている。豊かなハニーブロンドは腰下まで伸びて、長椅子から落ちていた。


 変わらず綺麗な赤い瞳が瞬かれ、呆気にとられた俺を真っすぐに見た。


 ***


 鏡に姿を映したビオラは、ずいぶんご機嫌な様子だ。

 俺のチュニックを着ただけの姿で屈んで鏡を除いたり、くるくると回ったりするもんだから、その裾からちらちらと太股の先まで見えそうになる。


「大人しく座ってろ」

「エイミーはまだかの? 早う、新しい服を着たいの」


 朝起きて、いきなり成長をしているビオラに驚いたエイミーだったが、このままでは外に出られないからと、下着と服を買いに出てくれた。

 俺もついて行くと言いたかったところだが、昨夜は結局、ろくに睡眠が取れなかったこともあり、部屋で待つことにした。

 長椅子に体を横たえ、顔の上に腕を置いて瞼を下ろした。眠気が訪れる気はしなかったが、これでも少しは休まる。

 

 ややあって、すぐ傍で「のう、ラス」と俺を呼ぶ声がした。

 少し休ませてくれと返すと、どすんっと俺の腹の上に重みが降ってきた。


「おい、ビオラ……何のつもりだ?」


 腕を退かして視界を明るくすれば、腹の上に乗ったビオラと視線があった。


「妾は美しいであろう?」

「何のことだ?」

「もう、ではないぞ!」

「……まあ、そうだな」

「惚れなおしたかの?」


 にやにやと笑うビオラは、俺の顔を覗き込んできた。

 確かに、美少女に成長したとは思う。しかし、まだまだ発展途上だ。俺の上に乗っかっている臀部は柔らかさも、重みも足りない。足だって細すぎるし、大人の女と比べたら肉感ってものが全体的に足りない。

 冷めた目で見ていると、その白い頬がぷっくりと膨らんだ。


「そういうとこが、まだまだガキだな」

「こんな美少女を前にして懸想けそうせぬとは、お主は、男が──」

「ガキにも男にも興味はねぇよ」

「ぐぬぬ……手ごわいの」

「何の話だよ。そもそも、俺がお前に惚れるなんてことは、万に一つもない話だ」


 ほら退けと言う代わりに、ビオラの腕を掴んで俺の上から引きずり降ろそうとしたその時だった。

 バンっと音を立てて勢いよく扉が開かれた。


「ただいま、帰りました! すごく可愛いワンピースを見つけ……」


 満面の笑みで買い物袋や箱を抱えたエイミーが姿を現し、こちらに視線を向けた。

 しんと微妙な沈黙が部屋に広まった。

 硬直したエイミーは荷物を足元に落とし、引きつった顔を真っ赤に染める。


「お、お、おっ、お邪魔しました! ごっ、ご、ごゆっくりどうぞ!」


 何を勘違いしたのか、早口で叫び声を発すると、エイミーは部屋から飛び出してしまった。

 

「は? あ、おい、エイミー!」

「ふむ、エイミーには、妾たちがように映るのじゃの」

「バカ野郎! 冷静にアホなことを言ってる場合か!」

「乙女に向かって、野郎とは何事じゃ。まぁ、そのうち戻ってくるであろう?」


 悪戯な笑みを浮かべたビオラは、ひょいっと俺の上から降りると床に落とされた買い物袋と箱の山に歩み寄った。その中から引っ張り出された花柄のワンピースを体に合わせ、鏡の前に立つとご満悦な顔でくるりと俺を振り返った。

 

「今からでも、妾に惚れてよいのじゃぞ?」


 全く、どうしてそんなに俺に惚れられたいのか、さっぱり分からんな。

 呆れながら欠伸をした俺は、再び腕を顔に載せて瞼を閉じた。エイミーが帰ったら、とりあえず弁解だけはしておこう。ガキに手を出す節操なしと思われるのは心外だからな。

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