第八章 赤の魔女

8-1 港町オーラプエルトでの再会。

 朝の陽ざしが心地よい展望デッキを海風が吹き抜けて髪を翻した。今日も穏やかな快晴だ。

 デッキの柵に手をついたビオラは少し伸びをして、遠くに見えてきた沿岸を眺めている。その目に映っているのはまだ遠い亡国ネヴィルネーダの地なのだろうか。


「ビオラ、船室に戻って降りる準備をするぞ」

「うむ! オーラプエルトに降りたら、どうするのじゃ?」

「さらに北に向かうんだが、車を手配しないとだな」

「車とは、あの三兄弟が乗っていたトラックじゃの!」

「あれだと機動性が悪いから、四輪駆動の魔導式車両がいいんだが……可愛さは求めるなよ」

「可愛いのがいの」


 この先、山を越える予定だと言うのに、可愛さを求められても困る。ビオラの訴えるような眼差しを無視しつつ、展望デッキを後にした。


 午前中に入港する大型の客船となると乗客数も多い。下船するのに、それなりに時間もかかるだろう。焦ることもないと暢気のんきに構えて荷物をまとめていると、下船に向けた案内が船内放送で流れた。

 鞄を背負ったビオラが、期待の眼差しを向けてくる。


はよう、行こうぞ!」

「忘れ物はないか?」

「ペンダントも魔書も持ったゆえ、問題ないのじゃ!」

「よし。それじゃ、行くか」


 乗船した時と同じくして、トランク片手にビオラの手を引き、船室を後にした。

 滞りなく下船すると、客船ターミナルは旅行客を迎えるガイドの姿や、家族を迎える人などで賑わっていた。

 オーラプエルトはマーマレースの玄関港と言われるだけのことはある。停泊している大型客船の数の多さもターミナルの大きさも、海上都市マーラモードの比ではない。

 

 ビオラはきょろきょろと人混みを見回しながら、俺の手を握りしめていた。

 まずは魔術師組合ギルドに立ち寄って車の手配を頼むかと、これからの行動を考えながらターミナルを進んでいくと「ラスさん!」と大声で呼ばれた。


「ラス、誰かに呼ばれなかったかの?」

「オーラプエルトに親しい奴はいないんだが……」

「なら、聞き間違いかの?」

 

 そもそも、俺がここに来ていることを知っているのは、マーラモード魔術師組合の金融担当ケリーと、申請を受理した上層部、そしてジョリーたちだ。

 聞き間違いだろう。

 止めかけた足を踏み出すと、再び「ラスさん!」と声がした。やはり、呼ばれているような気がし、ビオラと顔を見合わせ立ち止まった。


「ラスさん! こっちです、こっち!」


 振り返ると、人混みの中で栗色の頭が揺れた。あまり大きくない体がぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 頭の上に大きなスケッチブックが掲げられた。そこにはカラフルなサインペンで「守銭奴魔術師様、ようこそオーラプエルトに!」と文字が書かれている。

 どう見ても、俺のことだろう。


 ひょこひょこと人混みの中で栗色の頭頂部が見え隠れしながら近づいてきた。

 まさかあの髪色は──思い当たる人物を脳裏に浮かべ、思わず顔を引きつらせた。もしも、俺の想像と合致するとしたら、はどういった神経をしているんだ。


「お待ちしてましたよ、ラスさん! 魔女さん!」

 

 人混みをかき分け、手に持ったスケッチブックを大きく振って顔を出したのは、忘れようもないエイミー・レミントンだった。

 グレンチェックのワイドパンツにシンプルな白シャツ姿は、どこにでもいそうな地味目の少女といった印象だ。がなければ、出会うきっかけになったブルーベリーマフィンのお礼を言っていただろう。


 エイミーは空いている手を突き出し、握手を求めてきた。

 こいつは何を考えているんだ。自身の手配書が送られているのを知らないのか。それとも、知りながら俺たちを待っていたのか。そもそも、どうして俺たちがここに訪れることを知っていたんだ。

 疑問が次から次に浮かび上がった。


「おい、お前……」

「ご無沙汰しています!」

「今すぐギルドに突き出してやる」


 その手首を掴むと、エイミーはきょとんとした。

 焦り一つ見せないということは、やはり、手配書のことを知らないのだろうか。

 

「おや、せっかくガイドを引き受けようと思ってきたのですが、不要でしたか?」

「……ガイド?」

「私、マーマレース出身ですから。ここら一体、詳しいですよ」

「お前に頼む気は──」

「ネヴィルネーダ王城への行き方も知っておるのか!?」

「ビオラ!」


 余計なことを言うなと忠告しておくべきだったか。

 ビオラの言葉に重ねるよう、俺は声を上げたが時すでに遅しだった。

 エイミーの口がにっとつり上がった。


「もちろん、知ってますとも! ぜひ、案内させてください」

「それは助かるの、ラス!」

「……お前なぁ。忘れたのか、こいつがやったことを!」

「ふむ、それについてはわらわも話を聞きたいことが山のようじゃ。なら、突き出す前に話をしても良かろう?」

「さすが魔女さん! 話が分かりますね」


 うんうんと頷いているエイミーはスケッチブックを床に下ろすと、ベルトに引っかけていた鍵の束を外した。


「車も用意してますし、移動しませんか?」

 

 こいつの目的は何だ。そもそも、ここはマーラモードから遠く離れている。ここで組合に突き出したら、さすがに情報を探るのも骨が折れそうだ。出来れば、俺の活動範囲で捕らえる方が得策だろう。

 その青い瞳を睨んで小さく舌打ちをすると、エイミーは再びにいっと笑った。


「……運転は俺がする。それでいいな」

「はい! では、移動しましょう!」

 

 掴んでいた華奢な手首を自由にすると、エイミーは意気揚々と俺たちの前を歩き始めた。

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