8-2 余計な買い物を回避したいが、列車の旅よりは安いと諦めるべきか。

 客船ターミナルから少し離れた駐車場で、四輪駆動の魔導式車両を前にしたビオラは唇を尖らせて不満をあらわにした。

 可愛いとは言い難い黒い車体が不満なようだ。


 ビオラの中で魔導式車両と言えば、花農家三兄弟が乗っていたトラックだろう。少しアンティークさを感じさせる丸いフォルムで水色の車体、花柄がペイントされてビオラに限らず女子受けが良さそうだった。

 今、目の前にあるのは、それと真逆に位置するような厳つい車体だ。ビオラの瞳にどう映っているのか、じっとりと俺を見てきた。


「可愛くないの」

「言うと思ったが……文句を言うな。後ろに乗れ! エイミー、お前は助手席で案内しろ」

「了解しました! さぁ、魔女さん、中へどうぞ。あ、何か飲み物を買いませんとね!」


 満面の笑みでエイミーはドアを開けると、ビオラに中へ進むように促した。しかし、まだ不満そうなビオラは俺を見上げる。


「やはり、列車とやらがいのじゃ!」

「駄目だ」

「なら、他の可愛い車が──」

「我が儘を言うな」


 ビオラの体をひょいっと持ち上げて後部席に押し込むと、その足元に俺のトランクも放り込んだ。ドアを閉め、さっさと運転席に乗り込むと、エイミーも助手席に乗ってきた。


「中も可愛くないの」

「まだ言うか」

わらわは可愛いものが好きじゃ!」

「そうなんですか……それは申し訳ないことをしましたね」

「中まで真っ黒ではないか。気分が乗らぬ!」

「うーん……それなら、こういうのはどうですか?」


 にっと笑ったエイミーは、この先の店でクッションや毛布を売っているから、そこで可愛いものを買い揃えて車内を可愛くしようと言い出した。それに乗り気になったビオラは、今すぐ店に行こうと言って、後ろから席の間にひょこっと顔を出した。

 やれやれ、このままだとオーラプエルトを出るのは午後になりそうだな。

 先が思いやられると思いながら、俺はキーを回した。

 

 ビオラ主観で車内環境をよくするべく、クッションやら毛布を買い込んだ後、いくらかの食料を買い終えると町を後にした。


「まずは湾岸線を北に向かってください。風車村を目指します」

「風車村とな?」

「はい。オーラプエルトを出て二時間もすれば着く村です」


 地図を引っ張り出したエイミーは、指で道順を示す。


「この風車村は花の栽培が盛んなんですよ。今時期ですと、ダリアやヒースが綺麗ですね」

「観光に来たわけじゃない。無駄な時間は──」

「少しくらい良かろう? 意外と頭が固いの」


 花柄のクッションを抱えているビオラは小さな欠伸をすると、後ろのシートに寝そべった。

 全く、誰のおかげで大陸までやって来たと思っているんだか。


「ところで、どうしてネヴィルネーダ王城に向かうんですか? あそこは何もありませんよ」


 助手席で地図を膝に広げたままのエイミーが首を傾げた。

 さて、どこまで話をしたらいいか。返答に困って閉口していると、ビオラが「探し物じゃ」と呟いた。


「探し物、ですか? 廃城となってから、ずいぶんと経ってますし、荒れ果ててますよ。何もないと思うんですがねぇ」

「妾でなければ見つからぬ。おそらく、ラスですら見つけることは叶わぬじゃろう」

「ラスさんもですか!? それはつまり、よほど特殊な封印がされているということですかね! 楽しみですね」


 どこまで話す気なんだと思いながらハンドルを切ったが、ビオラもそれ以上話すつもりはないようで「それより」と話題を変えた。

 

「お主に会えたら聞きたいと思っておったのじゃが」

「はい! 何でもお聞きください、魔女さん!」

「青の魔女とは思えぬ魔力を持っておるが、そのカラクリは何じゃ?」


 嬉しそうに後部座席を振り返っていたエイミーだったが、ビオラの質問にきょとんとすると首を傾げた。


「青の魔女とは、何でしょうか?」

「お主、魔女であろう。そのようなことも知らぬのか?」

「……すみません。下級魔術師なもんで、知らないことばかりなんですよね」


 困ったと言いたそうに、指先で鼻の頭をこすったエイミーは助手席に体を預けると前を見た。

 

「青い瞳の魔術師に強い魔力は宿らない。下級のヤツでも知っていることだ」

「そうなんですか? 初めて聞きました」

「保有魔力を大きくする訓練はある。だが、持って生まれた魔力の質は変えられない。青の魔術師はどう訓練してもせいぜい中級だろう」


 俺の話を興味深く、ふんふんと聞いていたエイミーは少し首を捻った。どうやらこいつは、本当に魔術師としての常識を何も知らないようだ。


「だから、お前の持つ強い魔力にはカラクリがあるとしか思えない」

「なるほど、そういう話ですか! ありますよ、カラクリ」


 あっさり返された答えに驚き、ブレーキを強く踏み込みそうになった俺は、すんでのところで思いとどまり、横へと視線を投げた。


「あ、そこの道を左に入ってください! 私の秘密は、今夜の宿でお話します。見せたいものもありますので」

「……見せたいもの?」

「はい。それを見てもらった方が説明も早いので」

 

 道の先を指で示しながら、エイミーがにいっと笑った。

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