7-7 いざ出発。この先何も起きないことを祈ろう。

 亡国ネヴィルネーダに向かうと決めてから三週間後、俺たちは夜の港にいた。

 手続きを終え、待機所のベンチで乗船アナウンスを待っているのだが、俺の前ではリアナが半泣きでビオラを抱えている。


 一週間前まで、一緒に行くと散々騒いでいたが、期末試験前でバカを言うなと、妹に激甘なジョリーですら止めた。せめて見送りは行くと言い出し、今に至る。

 今回はバイクを置いていくのもあり、乗船場まで置くってもらえたのは助かるが、俺は何を見せられているのか。

 ビオラの頭に頬擦りする勢いのリアナは、今日何度目か分からないため息をついた。

 

「私も一緒に行きたかったな」

「もう少しマシな成績を取ってるなら、短期留学の名目で学校に申請出せたんだぞ」

「……それは無理。ビオラちゃん、気をつけて行ってきてね」

「リアナも勉学に励むのじゃぞ」

「ううっ……ビオラちゃんまでぇ」

「いつか一緒に旅へ行くためじゃ!」


 すっかり妹を可愛がる姉ポジションでいるリアナを見ながら、その本質は姉に甘える妹なのだろうかと、どうでも良いようなことが脳裏をよぎった。


「そうだ、ジョリー。またシルバを頼むな」

「任せておけ。その代わり、何か面白い遺物を見つけたら持ち帰って来いよ」

「……まぁ、見つけたらな」

「鉱石の類でも良いぞ」

「見つけたらな」

「手記や記録の切れ端とか──」

「見つけたらな」

「お前、見つける気がないだろう?」


 あれこれそれと食い下がるジョリーを受け流していると、どうやら俺の気持ちを理解したらしいジョリーは肩をがっくり落とした。悪いが、今回の目的はビオラの師匠マージョリー・ノエルテンペストの手記だ。それ以外に目移りする気はない。


「なるべく早く戻りたいからな。余計な探索をする気はない」

「ついでって言葉、知らないのかよ」

「知ってるが、そのついでに時間を取られる気はないんだよ」

「まぁ、いいか。火蜥蜴の石サラマンドライトでだいぶ稼がせてもらえたからな。今回はあまり期待せず帰りを待つよ」


 十分期待をしてるじゃないか。

 思わず苦笑を漏らすと、乗船案内のアナウンスが流れた。

 ビオラはリアナの膝の上から飛び降りると、足元に置いてあった鞄を背負い、俺に手を差し伸べた。

 俺は足元に降ろしていたトランクを取り、もう片手でその手を握る。


「ラス、出発じゃの!」

「そうだな」

「気をつけて行って来いよ、二人とも」

「行ってらっしゃい!」


 ジョリーとリアナに見送られ、俺たちは西大陸で最も栄えている商業大国マーマレースへ向かう巨大旅客船に乗り込んだ。

 

   ***


 豪華客船とは言え、八泊目ともなるとビオラもすっかり飽きてしまったようだ。船内の図書館から借りてきた本をベッドの上に散らかしたまま、退屈そうな顔でごろごろと転がっている。


「船旅とはつまらぬの」

「そう言うな」

「食事は申し分がないがの。窓から見える景色が同じでつまらぬ!」

「そりゃ、海の上だからな」

「ラス、どうしてそう平然としておるのじゃ? つまらなくないのか?」

「色々やることもあったからな」


 この連日、ビオラに渡していた魔書の中身を書き換えたり追加したり、ジョリーから渡された火蜥蜴の石のペンダントにちょっとした魔法を付与したりと、それなりに忙しくしていた。

 航海最終日になって、何もやることがなくなった俺は、やっと青い海を気持ちよく眺めていた。


 良いじゃないか穏やかな海で。これが荒れた海だったら、こう気楽にはいかない。いくら念のための酔い止めを持参しているとは言っても、嵐の揺れは別物だからな。


「そうじゃ、ラス。わらわのペンダントに、何か魔法をかけておったの?」

「あぁ、その説明をしないとだな」


 窓から目をそらし、ベッドの上で両足を投げて座っているビオラに向き合うと、彼女は服の下からペンダントを引っ張り出した。

 大ぶりの火蜥蜴の石が白いシャツの上で揺れた。


「その石には、ジョリーに頼んで魔力を増幅する魔法を付加しといてもらった」

「つまり、今までの魔法より強いものを発動できるわけじゃな」

「あぁ。それと、ペンダントを通しているチェーンの途中、左右三つずつ、チェーンの長さを変えるアジャスターの先に一つ、計七つの丸い石があるだろ?」

「あるの。これも火蜥蜴の石じゃな」

「それに、俺が魔力吸収の魔法を施しといた」


 俺が指さしたペンダントを手に取ったビオラは首を傾げた。


「妾の魔力をここに溜めるのか?」

「そう言うことだ。魔力吸収と言っても、緩やかに吸収するから日常生活に支障はない」

「つまり、これを使って足りない魔力補充をしやすくするのじゃな」

「理解が早くて助かる。俺の魔力を使わせてやれない時もあるだろうからな」


 さらに書き換えを進めた魔書を取り出し、説明をつづけると、ビオラの瞳が期待に輝きを増したことに気づいた。こんな小さいなりだが、魔法に関する話をしている時は確かに魔女だと実感させられる。

 誰かと魔法の話をして時間を過ごすのは、師匠以来か。こんな時間も悪くないな。


「早く使ってみたいの!」

「使うような場面がないのを祈るがな」

「何じゃ、気弱じゃの」

「そうじゃないが……厄介事は少ないに越したことはないだろう」

「そういうものかの? ところで、マーマレースとはどんな国じゃ? 明日の朝には着くのじゃろ?」

「あぁ、着くのはマーマレースの港町オーラプエルトだ」


 ふと、マーマレースに訪れるのは何年ぶりだろうかと思う。幼い頃、師匠と共に旅をしたことはあるが、俺自身はそれほど地理に詳しくはないんだよな。

 亡国ネヴィルネーダに向かうにはさらに山を越えた隣国まで足を延ばさなければならない。


「一応、ガイドブックを買っておくか」

「ガイドブックとは何じゃ?」

「地図と一緒に、その土地の名産とか名所の案内が乗っている本だ」

「何と! 今すぐ買いに行こうではないか」


 魔書を鞄に押し込めたビオラは、ぴょんっとベッドから飛び降りた。


「美味そうな物を探す気だろう?」

「……何のことじゃ? 妾は今のネヴィルネーダの様子が知りたいだけじゃ!」


 今、確かに間があったよな。

 じっとりとビオラを見ると、その赤い瞳はついっと横に逸らされた。

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