7-6 亡国ネヴィルネーダに向かうには何かと金が必要だ。

 次の目的が亡国ネヴィルネーダと決まってから三日後のことだ。ジョリーから火蜥蜴の石サラマンドライトの研磨が終わったと連絡が入った。すぐに訪ねと、得意げな顔のジョリーが出迎えた。


「どうだ! これだけ取り出せれば、杖だけじゃなく装具品にも埋め込めるぞ!」

「凄いな。よく取り出したもんだ」


 滑らかな黒のビロードが張られた台に並べられた火蜥蜴の石は、緋色の輝きを放っている。

 最も大きいもので、直径八センチ程の球体だ。その他に、雫型のものや楕円形のものもある。大きさもまちまちだが、どれも申し分ない質のものだ。


「研磨代はいらない。その代わり、三割譲ってくれ」

「三割はとりすぎだろう? 一割なら良いぜ」

「その石、さらに杖かなんかに加工すんだろ? その工賃も無料でどうだ」

「それでもタダで譲れるのは一割だな。その代わり、二割分は格安で売ってやるよ。通常取引の三割引き。どうだ?」

「……それなら、取引数を増やしてくれ。せめて細かい奴は全て引き取りたい」


 俺とジョリーがやり取りをするかたわら、ビオラはつまらなそうな顔をしながらクッキーを食べていたが、ただ聞いているのも飽きたようで、突然、話に割り込んできた。


「まだ決まらぬのか?」

「ジョリーが譲れば終わる」

「こっちも商売だからな。少しでも安く仕入れたいんだ!」

「十分、安く提示しているだろう。通常取引の三割引きだぜ。どこ見たらそんな格安で仕入れられるんだよ」

「お前くらいだな」

「分かってんなら、そろそろ手を打ちやがれ。他の店に持って行くぞ。入り用なんでな」

「あー、あー、分かったよ!」


 伝家の宝刀、他の店と取引するを持ち出されたジョリーは、慌てて両手を上げた。それを見たビオラが「えげつないの」と小さく呟いたのは聞かなかったことにしよう。

 小さな手が、一つの石を指さした。大きさにして、縦五センチほどの雫型のものだ。ペンダントにするのに良さそうだ。


「妾はこれが気に入ったのじゃ」

「じゃぁ、それでペンダントを作ってもらうか」

「うむ!」

「他の石は入れるか?」

「それなら、この小さい球を──」


 それから何だかんだと使う石を選んで預け、取引を終えてジョリーの店を出たのは昼前だった。


「出来上がりが楽しみじゃの」

「また五日後に来てくれ。きっちり仕上げとく」

「よろしく頼むな。さて、次は組合ギルドに行くか」

「ランチはまだかの? 妾は腹ペコじゃ」

「さっき、あれだけクッキー食っておいて何言ってるんだ? ギルドの用事が済んだら、どこか店に入るから待ってろ」


 不満顔のビオラは大人しくサイドカーに乗ってお気に入りのヘルメットを装着すると、ジョリーに手を振った。


   ***

 

 マーラモード魔術師ギルドは、港からそう遠くない位置にある。古い砦を買い取り改築したもので、この島で最も厳かな印象を与える建物だ。

 ビオラの手を引いて金融窓口に立つと、眼鏡をかけた長髪の男がカウンターの向こうから声をかけてきた。彼はケリー、俺と同期の魔術師だ。


「おや、久しぶりで……いつ、子どもが出来たんですか?」

「そのやり取りはいい加減飽きたな。預かってる子だ」

「なるほど。あなたが一人の女性に落ち着くとか想像できませんから、驚きましたよ」

「人聞きの悪いこと言うなよ」


 カウンターの椅子に腰を下ろし、差し出された用紙に組合番号や名前を記入していると、ビオラがしげしげと手元を見てきた。

 

「ほら、大人しく待ってろ。書きにくい」

「おやおや、好奇心の強い子ですね。えっと、お名前は──」

「ビオラじゃ!」

「ではビオラさんには、これを差し上げますので大人しく待っていてくださいね」


 カウンターの下から出てきたのは、キャンディーの包みだった。それをもらったビオラは渋々といった様子で椅子に座ると、包みを解いて赤いキャンディーを口に放り込んだ。

 用紙を書き終え、ジョリーのところで得た金塊と組合証をカウンターに置くと、ケリーは眼鏡の奥で細い緑色の目を見開いた。


「またずいぶん稼ぎましたね」

「火蜥蜴の石を換金してきた。入り用でな」

「入り用とは、またどこかに行くんですか? 例の特急魔術師案件ですかね?」

「それとは別だが、ハンフリーまで行こうと思っている」

「おや、だいぶ遠いですね」

「だから、向こうでも使える組合証カードが欲しいんだ」

「分かりました。少しお待ちください。あなたであれば、すぐに審査も通るでしょう」


 書類を確認し、受理の判を押したケリーが金塊の入った袋を持って立ち上がると、ビオラが俺の袖を引っ張った。


「せっかく稼いだ金を、渡すのかの?」

「預けんだよ」

何故なにゆえじゃ? 旅に出るのに手持ちは必要じゃろ」

「あー、そうか……長旅で大金を持ち歩くのは危険だと思わないか?」


 手続きが済むまで少し時間もかかる。その間に、組合証の説明をすることにした。

 これは随分便利で、他の地方に点在する支部でも提示すれば、預けている金が引き出せる。それだけでなく、組合に入っている魔術師や組合が運営する店であれば、預け入れ金からの清算も可能だ。

 ただし、国境を越えると少し問題が生じる。貨幣の違いもあるが、信用性の問題だ。魔術師ギルドでは一定の等級と貯蓄を持っている場合、国際の組合証が発行される仕組みになっている。

 

「つまりなんじゃ。組合は大きな金庫みたいな仕組みもあるのかの?」

「まぁ、簡単に言えばそうだな」

「それじゃ、妾がロックバレスで貰ったカードも!」

「あれにそんな効力はない。残念だったな」


 にっと笑ってビオラの顔を覗き込むと、小さな頬がぷっくりと膨れた。

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