7-5 定石で考えていたら暴食の魔女の師を理解は出来ない。

 ビオラの言っている意味が分からず、俺は彼女のノートを手に取って目を通した。

 花の種を植えるって言うのはどういう事だ。そこから四季に繋げているなら、時間経過を意味している。それなら時の魔法の発動条件だって考えるのが妥当な気がする。

 どう考えても時の魔法に繋げてしまう俺は、低く唸った。


「懇切丁寧に、土壌の作り方から書かれておる。そこが、お主が解けなかった五番目、正しくは一番目の魔法陣じゃの」

「……やっぱ、意味が分からねぇ」

「だから言ったであろう。時として、魔法と関係ないことを書くと」


 ノートに並ぶ古代魔術言語ロー・エンシェント・ソーサリーを何度も読み返し、ビオラの言葉を踏まえて解釈していくと、確かに、種まきと花の育て方を懇切丁寧こんせつていねいに書いてあるように思えてきた。


「種をまいて育てる様子から四季ときを描いるとしか考えられねぇ」

「それは断じてないの」

「マジかよ……」

「定石で考えてはならんのじゃ。その一つ目の魔法陣だけ、細く二重になっておるじゃろ?」

「あぁ、小さすぎて読むのも苦労したやつだな」

「そこにはと書かれておるの」

「あぁ、だから俺は意味が分からなくて……ん?」


 この花を咲かせるという部分から、色が関係するのかと考えていたことを思い出す。魔法石を花に見立てるのかと。だから、あえて白の石を選び、五つの色を想定した魔法を石に刻んで埋め込んだのだが。

 

「てことは何か……これはお前へ宛てたもので、ここは魔法とは関係ないってこと、か?」

「そうなるの。この魔法陣は、わらわへの挑戦状なのじゃろう」

「は? 言ってる意味が分からないんだが……待て、そもそもお前が封じられたままじゃ解けないだろう。おかしいじゃないか」

「落ち着け、ラス。おそらく、いつかは解ける仕組みだったんじゃろう。その仕掛けがどこかに……」


 鏡を手にとってしげしげと見ているビオラだが、それは見つけられないらしい。

 

「ちょっと待て。つまり、何だ……誰が解いても、完全に復活は出来なかったてことか?」 

「おそらくの。自動的に封印が解けたとしても、幼児化する仕組みだったとしか思えんの。怪しいのは一番目の魔法陣じゃが……」

「待てまて、何なんだその無茶苦茶な魔法は!」

「言うたであろう、天才なのじゃ。妾など到底足元にも及ばぬ。ああ、口惜しい!」


 どうやら、鏡の仕掛けが見つからないらしいビオラは、心底悔しそうに唇を噛んだ。そして、鏡を椅子に投げ出すと、行き場のない思いのままシルバの首にしがみつく。

 うとうととしていたシルバは、心配そうにビオラを見ると俺に顔を向けてきた。どうにかしろと訴えているのが嫌でも分かり、俺は堪らずため息をついて髪をかき乱していた。


 冷静になれ。こんな時だからこそまずは、冷静になって情報を整理しなければいけない。

 何はともあれ、魔法陣を組んだ人物が分かったのは良いことだろう。


「おい、これを作ったのは、結局、誰なんだ? 名前は?」

「……妾の師マージョリー・ノエルテンペスト。この筆跡にも見覚えがある。間違いない」


 ビオラが悔しそうな顔を上げ、唇を尖らせながら、ふんっと鼻を鳴らした。

 俺はといえば、聞き覚えのないマージョリー・ノエルテンペストという名に首を傾げ、しばらく思案することになる。


 という異名は伝説になるほど知れ渡っているが、現代に魔女の名は伝わっていない。当然だが、その師匠が誰だったかなんて文献も出てきていない。


「ビオラ……お前以上の魔女だったってことか?」

「何度も言っておるが、天才じゃ。しかし、でいつも寝ておった。怠惰たいだの極みじゃったゆえ、彼女の凄さを知るのは妾とフレデリック王くらいじゃの」

「暗君フレデリック?」

「フレデリック王が暗君か……政戦に負けると、かくも酷き云われようになるものよ」


 少し寂しそうにしているのは、おそらく、俺たちの知っているネヴィルネーダの歴史と真実が大きく違うからなのだろう。


「ネヴィルネーダに関する文献はほとんど出てきていないからな。暴食の魔女を国に招き入れ、その色香に惑わされた王って言われてるが……お前を見てると、色香とは程遠いからな、後世の人間が面白おかしくたのかもな」

「……酷い言いようじゃの。妾は絶世の美女じゃと何度言えばわかるのかの!」

じゃなくなってから、判断してやる」


 頬をぷうっと丸く膨らませて怒る姿なんて、まんまガキだ。ビオラを見ていると、俺の知っている暴食の魔女と亡国ネヴィルネーダの知識が全て揺らいでいく。


「話を戻すが、結局、この封印はお前にしか解けないんだな?」

「……そうなるの」

「とは言え、何をどうすべきかの情報は皆無」

「うむ。この封印に関する手記を、師匠が残していれば良いのじゃが……」

 

 ビオラが小声でぼやいた言葉を、俺は数回脳内で繰り返した。


「まずは、それを探すしかなさそうだな」

「……それとな?」

「あぁ、マージョリー・ノエルテンペストの手記だ」


 俺の言葉に驚きを示したビオラは目を丸くし、口を小さく開いて震わせていた。

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