7-4 鏡に魔法を刻んだのは誰だ?

 火蜥蜴の石サラマンドライトの用意が出来るまで、しばしの日常が訪れた。


 ビオラは店のカウンターで鏡を片手に、そこに描かれる魔法陣を書き写す日々だ。

 丘の下に住んでいる村人が訪れた時は、慌ててノートを持って店の奥に引っ込んだり俺の後ろに隠れたりと、引っ込み思案という設定を順守している。その姿は、なかなかに面白く、俺は笑いたくなるのを必死にこらえていた。


 今日も笑いをこらえていると、困っていると思われたらしく、来店した客に心配される始末だ。


「ビオラちゃんは本当に引っ込み思案なのね」

「それで学校に馴染めなくて、うちに来たんだと」

「そう言うことかい。でも、アドルフはまだ戻らないんだろ?」

「一切連絡もないな」

「あんた、一人で教えられんのかい?」

「まぁ……ありがたいことに、それなりに懐いてはくれたから、何とかなると思うよ」

 

 心配そうに俺の後ろ、自宅に繋がるドアを見た丘の下の住人は、用意した軟膏を受け取った。


「手伝えることがあれば、声をかけておくれよ」

「ありがとな」


 気を遣う客に手を振って送り出すと、やっと店に静かさが戻った。昼もすぎれば客足が遠のくのはいつものことだ。

 さて、今日は早々と店仕舞いにしよう。

 カウンターを出ようとすると、ドアを開けてビオラがひょこっと顔を出した。


「村人はお人好しばかりじゃの。妾の心配を口にしていたのは、さっきで何人じゃ?」

「十人、か?」

「十二人じゃったな。それと、思っていた以上に、お主の仕事は地味じゃの」

「そうか?」


 カウンターを出ると、ビオラもついてきた。

 

「ほとんどが薬の販売じゃったろ。そんなのは薬師に任せておけばよかろう」

「あぁ、あれは魔術師の作る魔法薬だ。薬師のとは違って──」

「魔法薬とは何じゃ?」

「何って……五百年前にはなかったのか?」


 入り口に出している立て看板を閉じ、入り口には閉店の掛札を下げながら聞き返すと、ビオラは興味津々な顔で何度も頷いていた。これは、教えろと言っているんだろう。


「あれは薬草の効能を抽出したものに、物質化した回復魔法を加えているんだ。手間がかかるからやってる奴は少ないけど、効能は抜群ばつぐんだ」

「回復魔法を物質化とは初めて聞いたぞ! どのようにやるのじゃ?」

「……その説明は、また今度にしよう。今日は鏡の話がしたいって言ってただろう?」


 立て看板を持って部屋に入ると、少し残念そうな顔をしながらビオラは「そうじゃが」と口籠った。暴食の魔女と呼ばれていただけあって、基本的には、魔法に対する探求心も強いみたいだな。


「この時代の魔法は、五百年前とは違うのじゃ。面白くて仕方がない。色々片付いたら、もっと教えてたもれ!」

「それは構わないが……そういや、師匠の研究ノートも見ていたな」

「うむ。ラスの師匠はまっこと面白い! いつか会ってみたいの」

「……いつ帰ってくるのやら」


 自宅に戻りながら話をし、思い出した師匠の暢気のんきな顔に、堪らずため息をこぼした。

 リビングに入ると、シルバが定位置の布張りの長椅子でくつろいでいた。そのすぐ傍に腰を下ろしたビオラは、テーブルに封印の鏡を置き、ノートを広げた。そこにはびっしりと古代魔術言語ロー・エンシェント・ソーサリーが書かれている。


「この三日間、この鏡に書かれたものを全て書き出してみたのじゃ」

「俺もノートに書き出してたけど?」

「当然あると思っておったが、この目で確認したくての」

「で、確認して分かったことはあるのか?」


 向かいの長椅子に腰を下ろし、ノートを覗き込みながら尋ねた。


「うむ……この魔法陣を組んだ者をわらわは知っておる」

「知ってるなら、解除のきっかけも掴みやすいじゃないか!」


 眉間にしわを寄せたビオラの表情は気になったが、そんなことよりも、魔術師が判明することに気持ちがたかぶった。もしも、魔術師が特定できるなら願ったりだ。


 魔法陣に綴られる魔法の言葉というのは、術者が魔術を発動をするための作業工程ロードマップのようなものだ。書き方に基本的な様式や言語は存在するが、そこを守れば自由なものだ。

 水を呼ぶ魔法の基本は井戸を掘ったり、地水から噴き出すイメージを言語化するのが基本だが、それを無視して水道の蛇口をひねるイメージを言語化したなんて話を聞いたこともある。暴論になるが、結果、魔法が発動されれば良いわけだ。

 

「解除のきっかけの……」

「術者が分かれば、解読しやすいってのが常識だ」

「彼女は何を考えているのか分からんからの……時として、全く関係ないことを魔法陣に描くのじゃ」

「まったく関係ないって、それで発動するわけがないだろう!」

「不思議なことに、発動するのじゃ。彼女の中では筋道が立っているのじゃろう」


 深いため息をつくビオラは、ノートを指さした。


「石のない五つの魔法陣、ラスも解読したであろう。あれは何が書かれておった?」

「ベースは四季の移ろいを使った時の流れを示すものだったとしか分からなかった。だけど五つ目がある。四季なら四つだろ? その五つ目の意味が分からなかったから、無理やり解除に踏み切ったんだ」

「時の流れと言う読みは、当たらずとも遠からずと言うとこじゃが……あれは時の流れを止める魔法ではない」

「はぁ!? じゃあ、なんだっていうんだよ」


 てっきり、複数の時を止める魔法が重ねられているものだと思っていた俺は、根本的に違うと突きつけられたも同じで、思考が止まった。


「あそこに書かれているのは、花の種のき方と育て方じゃな」

「……花?」


 真剣な表情のビオラの言葉に反し、俺の頭の中に花が咲いた。

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