6-9 交渉する気はない。お前はまごうことなき俺の敵だ。
瞳を輝かせるエイミーは、好奇心と期待に胸を膨らませる子どものようだ。それでいて、まるで檻の中の獣のようにも見える。
つい数秒前、俺を見ていた青い目はビオラを真っ直ぐ捉えている。
「魔女さんは、封印について不思議に思ったこと、ないですか?」
「……封印について、じゃと?」
「はい! 封印の中では一切の時が止まるんです。人を封じた場合、仮死状態とかってレベルではなく、まさにその時の状態で何十年、何百年と生きるんですよ」
ビオラの反応に気をよくしたらしいエイミーは、満面の笑みで両手を合わせて頷く。
「生命を封じる時の魔法は、最高傑作だと思うんですよ。それについて、話したいのですが──」
「お前が話すべきことは、そんなことじゃない」
「おや? 守銭奴魔術師さんは、案外お堅いんですね。もっと柔軟な方だと思っていました。それとも……守るものが多すぎるのが良くないのでしょうか?」
にいっと笑うエイミーの視線が俺の背後に向けられ、彼女の白い指が動いた。
「反応が早いですね。特任の肩書は、伊達じゃないということですか」
さほど困った様子でもなく、エイミーは少し首を傾げる。
「やはり穏便に交渉するより、その人たちを人質に、情報を引き出す方が早いということですかね」
勝手に迷惑な結論に達したエイミーは手を叩いて頷く。すると、上空で忘れさられていた
「あ、あにっ、兄貴……アレ、なんっすか……」
オーソンが震える声で尋ねてきた。その声からして、図体のでかい次男でも恐怖を感じていることが容易に分かった。
エイミーを警戒しつつ上空に視線を向けると、そこにあり得ないものがあった。
硬い皮膚に覆われた火蜥蜴の手足が、胴体、首までもがあり得ない方向に
「おや、火蜥蜴の皮膚は意外と固いですね。でも、無理じゃないですね」
エイミーの言葉に反応するように、その捻じ曲がった関節が引きちぎれる。
言葉にならない断末魔が部屋に
天井から降り注いだ血の雨に、三兄弟は悲鳴を上げることも忘れ、その場に尻もちをついて震えあがっていた。それを覗き見るように、エイミーは上半身をゆらゆらと揺らしている。
「人間は、もっと柔らかいですし、簡単そうですよね」
脅しの言葉に、俺は奥歯をギリギリと噛み鳴らした。
「そんなこと、簡単にさせると思うか?」
倫理観の欠片もないエイミーの言葉に、怒りは募っていった。
こいつは、まごうことなき敵だ。
「きっと、難しいでしょうね」
「……難しいか。俺も、舐められたもんだな」
「そんなそんな! 特任魔術師様を舐めてなんていませんよ」
降り注いだ血に汚れた頬を手の甲でぐいぐいと
十分、舐められたもんだ。
ビオラは俺の怒りが限界に達していることに気付いているのか、いないのか。小さなため息をついた。
「エイミーとやら、少々、やりすぎじゃの。これでは、話の場を設けようがなかろう」
「おや、魔女さんは私の話、聞く気があるようですね」
「しかし、今ではない。妾も少しばかり……気分が悪いのでな」
ばさりと床に魔書が落ちた。
掌を合わせたビオラは赤い瞳を
俺の右手の人差し指がチリリと熱を発しながら痛んだ。見てみれば、棘の様な赤い印が
ビオラ、何をする気なんだ。
問う間もなく、小さな指がエイミーを指し示す。
「お帰り願おう!」
怒りに染まった声が高らかに告げると、壁の一部がガコッと音を立て、高速で突き出した。
エイミーの体を、まるでハンマーで突き飛ばすように、その壁が彼女を反対側へと押し出す。
「開門せよ! お客様のお帰りじゃ!」
石積の壁がガラガラと音を立てて崩れていく。
壁に挟まれて少しばかり苦悶の表情を浮かべたエイミーは「そうきましたか」と呟くと楽しそうに口元を歪めた。
「また、お会いしましょう!」
ガコッとエイミーの背中で何かが外れる音がした。すると、その背後に真っ青な青空が広がり、彼女は突き落とされた。
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