6-9 交渉する気はない。お前はまごうことなき俺の敵だ。

 瞳を輝かせるエイミーは、好奇心と期待に胸を膨らませる子どものようだ。それでいて、まるで檻の中の獣のようにも見える。

 つい数秒前、俺を見ていた青い目はビオラを真っ直ぐ捉えている。


「魔女さんは、封印について不思議に思ったこと、ないですか?」

「……封印について、じゃと?」

「はい! 封印の中では一切の時が止まるんです。人を封じた場合、仮死状態とかってレベルではなく、まさにその時の状態で何十年、何百年と生きるんですよ」


 ビオラの反応に気をよくしたらしいエイミーは、満面の笑みで両手を合わせて頷く。

 

「生命を封じる時の魔法は、最高傑作だと思うんですよ。それについて、話したいのですが──」

「お前が話すべきことは、そんなことじゃない」

「おや? 守銭奴魔術師さんは、案外お堅いんですね。もっと柔軟な方だと思っていました。それとも……守るものが多すぎるのが良くないのでしょうか?」


 にいっと笑うエイミーの視線が俺の背後に向けられ、彼女の白い指が動いた。

 咄嗟とっさに彼女の視界から三兄弟をさえぎるように、俺は横に踏み出した。杖を水平に構え、脳内に壁を思い描く。それだけで、俺たちの足元に浮かび上がったいくつもの魔法陣からが出現した。


 ごうっと風が鳴り、目の前で弾かれたようにして天井に向かっていった。まるで見えない壁に弾かれたように。


「反応が早いですね。特任の肩書は、伊達じゃないということですか」


 さほど困った様子でもなく、エイミーは少し首を傾げる。


「やはり穏便に交渉するより、その人たちを人質に、情報を引き出す方が早いということですかね」

 

 勝手に迷惑な結論に達したエイミーは手を叩いて頷く。すると、上空で忘れさられていた火蜥蜴サラマンダーたちがギギャギギャと苦しそうな鳴き声を上げ始めた。


「あ、あにっ、兄貴……アレ、なんっすか……」


 オーソンが震える声で尋ねてきた。その声からして、図体のでかい次男でも恐怖を感じていることが容易に分かった。

 エイミーを警戒しつつ上空に視線を向けると、そこにあり得ないものがあった。

 硬い皮膚に覆われた火蜥蜴の手足が、胴体、首までもがあり得ない方向にじ曲がっていた。

 

「おや、火蜥蜴の皮膚は意外と固いですね。でも、無理じゃないですね」

 

 エイミーの言葉に反応するように、その捻じ曲がった関節が引きちぎれる。

 言葉にならない断末魔が部屋に木霊こだまし、渦巻く風によって真っ赤な血が肉片と共に飛び散った。肉塊になった蜥蜴の四肢が降り注ぎ、床に転がった。その手足、尻尾が未だにバタバタと動いていたが、それもわずかな間の反応だった。


 天井から降り注いだ血の雨に、三兄弟は悲鳴を上げることも忘れ、その場に尻もちをついて震えあがっていた。それを覗き見るように、エイミーは上半身をゆらゆらと揺らしている。


「人間は、もっと柔らかいですし、簡単そうですよね」


 脅しの言葉に、俺は奥歯をギリギリと噛み鳴らした。


「そんなこと、簡単にさせると思うか?」


 倫理観の欠片もないエイミーの言葉に、怒りは募っていった。

 こいつは、まごうことなき敵だ。


「きっと、難しいでしょうね」

「……難しいか。俺も、舐められたもんだな」

「そんなそんな! 特任魔術師様を舐めてなんていませんよ」


 降り注いだ血に汚れた頬を手の甲でぐいぐいとぬぐったエイミーは肩をすかせる。

 十分、舐められたもんだ。

 ビオラは俺の怒りが限界に達していることに気付いているのか、いないのか。小さなため息をついた。


「エイミーとやら、少々、やりすぎじゃの。これでは、話の場を設けようがなかろう」

「おや、魔女さんは私の話、聞く気があるようですね」

「しかし、今ではない。妾も少しばかり……気分が悪いのでな」


 ばさりと床に魔書が落ちた。

 掌を合わせたビオラは赤い瞳をきらめかせると、輝かしい陽炎を立ち上がらせた。彼女の足元に、真っ赤な魔法陣が浮かぶ。


 俺の右手の人差し指がチリリと熱を発しながら痛んだ。見てみれば、棘の様な赤い印が煌々こうこうと輝いている。そして、魔力が俺の意識とは関係なく、その指先へと流れていくのが、手に取るように分かった。

 ビオラ、何をする気なんだ。

 問う間もなく、小さな指がエイミーを指し示す。


「お帰り願おう!」


 怒りに染まった声が高らかに告げると、壁の一部がガコッと音を立て、高速で突き出した。

 エイミーの体を、まるでハンマーで突き飛ばすように、その壁が彼女を反対側へと押し出す。


「開門せよ! お客様のお帰りじゃ!」


 石積の壁がガラガラと音を立てて崩れていく。

 壁に挟まれて少しばかり苦悶の表情を浮かべたエイミーは「そうきましたか」と呟くと楽しそうに口元を歪めた。


「また、お会いしましょう!」


 ガコッとエイミーの背中で何かが外れる音がした。すると、その背後に真っ青な青空が広がり、彼女は突き落とされた。

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