6-8 違反を見逃すほど、俺が甘いと思うか?

 両手を合わせてにこにこと笑うエイミーは、周囲の気配に気づいていないのか、それとも気にも留めていないのか。


「せっかく来たのですから、最後までお話しましょうよ」

「話をするなら、お前の周りにいる物騒な蜥蜴とかげどもを退かしてもらおうか」

「退かす? それは難しいですね。だって、この子たちは別に、私のペットと言う訳ではありませんので」


 小首を傾げて答えるエイミーは、あっという間に図体のでかい蜥蜴に囲まれた。その体は真っ赤に輝き、ギラギラと光を放っている。尻尾の先で揺れる陽炎は、まるで炎のようだ。

 それを見ていたビオラが小さな吐息をつく。


火蜥蜴サラマンダーとは、運が良いの」

「そうか? 俺には最悪にしか見えねぇよ」


 魔書を開いたビオラの横で息を飲んだ俺は、杖を床と平行にして構えた。

 俺たちの後ろには三兄弟が入る。時間がかかれば不利なのは明白。長い詠唱をかましている暇はなさそうだ。魔力を使うが、一気に片を付けるしかないな。


「まったく、待てない獣は嫌われますよ」


 呆れたような冷めた声音で言ったエイミーは、腰から短い杖を引き抜いた。その直後、蜥蜴たちが動いた。

 冷たい風が吹きあがり、ビオラの開いた魔書が高速でまくれる音が響いた。

 渦を巻く風に蜥蜴たちの体が持ち上がる。

 突然のことに混乱する蜥蜴たちは尻尾を揺らし、手足をばたつかせているが、宙に浮いたその体は天井に迫るほど持ち上げられた。

 

「ビオラ、お前──」

わらわではない」


 ならこの仕業は、エイミーによるものか。

 彼女の体とそう変わらない大きさの火蜥蜴五匹を軽々と持ち上げるのだから、それなりの魔力を持っているのだろう。

 驚異すら感じ、背筋を冷たい汗が伝った。


「お聞きしたいことがあるんです」


 じたじたと暴れる蜥蜴を気にする様子もなく、まるで道を尋ねるようにエイミーは俺たちに再び声をかけてきた。

 この状況で何を話し合おうというのか。

 警戒心を解く気はさらさらなく、俺は笑顔のエイミーを睨みつけた。ビオラも静かに息を繰り返しながら魔書を構えている。


「困りましたね。そんなに警戒しないでください。私は本当にお話がしたいだけなんですよ」

「目的は何だ」

「おや、単刀直入ですね。うーん、まぁ、そう言うのも嫌いじゃないですよ」

「船で声をかけてきたのも、俺たちに近づくのが目的か」

「まさか! あの時は本当に偶然です。そもそも、ここに来た目的も別だった、て言いましたよね?」


 小首を傾げたエイミーは、人差し指を頬に添えて少し考えるそぶりをした。数秒後、頭上に持ち上げた蜥蜴を見上げると、にやりと笑う。


「ここでの目的は、火蜥蜴の石サラマンドライトです」

「火蜥蜴の石、だと?」

「いえね。今作っている魔法道具にどうしても使いたかったんですよ。でも、下級魔術師の私は第五階層までしか、登ることが許されない」

「……は?」


 突然の告白に、俺は眉をしかめた。


「おや、どうしましたか?」

「お前が、下級魔術師だと……ふざけるのも大概にしろ」


 確かに壁に施されていた魔法はごく簡単なものだった。しかし、目の前で五体もの蜥蜴を緊縛する風の檻を無詠唱で発動させる下級魔術師が、どこにいると言うんだ。


「嘘はついてませんよ。ほら」


 首に提げていた紐を引っ張り上げたエイミーは、その先に下がる組合ギルド証を開いた。そこに記された印は下級ブルーの星だった。


「第五階層にも稀に火蜥蜴が出るようになったって聞いて、ラッキーと思って来てみたんですよ。そしたら、誰かが私の隠し通路と部屋を見つけちゃっただけだったんですよね」

「……隠し通路と、部屋、だと?」

「はい! ほら、下級魔術師は第五階層以上進めないじゃないですか? だから、こっそり道を作って上まで繋げたんです! いやぁ、そこそこ時間はかかったんですけどね。あ、その作業をするときに、この部屋を休憩場所に使っていたんですよ」


 饒舌じょうぜつに語るエイミーは両手で頬を挟むようにしてふふふっと笑った。

 冗談じゃない。あの砂の怪魚サンドレモラの縄張りを抜けるのは、下級魔術師の魔力量じゃ無理だ。いくら雑魚とは言っても、その数は測定不能。走り抜けるにもちょっとしたコツが必要で、普通は、三兄弟のように囲まれて噛みつかれるのがオチだ。それを通り抜け、あまつさえ、組合に気づかれないように道を作ったというのか。

 あってはならない事態に、俺は一つの可能性を思いつく。


「……お前、昇級試験を受けていないな」

「おや、気付きました? まぁ、普通なら気付きますよね」

「魔法学校出でもないな。お前の師匠は誰だ?」

「やだな、怖い顔しないでくださいよ」

「違反を見逃すほど、俺が甘いと思うか? 師匠もろとも、組合に突き出してやる」


 杖の先で床を叩くと、エイミーの足元に赤い魔法陣が浮かんだ。


「困りましたね」

「さっさと答えろ」

「答えるも何も……」


 色の薄い唇がにいっと吊り上がる。


「私に、師匠なんていないんですからね」


 返答を聞き終わる前に、俺はビオラの前に踏み出して魔法陣を展開させていた。

 赤い光を突き破るようにして、いくつもの硬質な鋼鉄の棒が突き上げる。まるでエイミーを囲う檻のように、それは幾本も現れた。


「おや、お喋りはもうおしまい、ということですか?」

「元から話すことはない!」

「そうですか。まだ、魔女さんと話していないのですが……時を操る魔法について、情報交換しませんか?」

 

 エイミーの唇が、再びにいっと吊り上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る