6-7 ソノサキに待ち構えていたものは……

 ビオラに走り寄りその手を掴んで引き上げた。

 小さくカシャンと音を立て、血に染まったガラスの欠片が足元に落ち、何かにぶつかった。目を凝らしてみれば、それが色とりどりのキャンディーだとすぐ分かった。

 遺跡に入る前に三兄弟が買ってビオラに渡したことを思い出した。

 

「バカか!」

「大したことではない」


 ナイフを出さなかったお前が悪い。そう言い出しかねないビオラはそっぽを向いた。それにイライラしながら、彼女の持つ魔書を取り上げた俺はその場にしゃがみ、無言でページを開いた。

 ビオラの血に汚れた指で水の魔法陣をなぞり、その小さな手に残る傷跡を洗い流す。さらに背負っていた荷物から包帯を取り出し、きっちりと止血した。


 俺がほんの数分をやけに長く感じながら手当をしていたんだ。無言で控えていた三兄弟はもっと長く感じていただろう。まさか、扉を開ける方法がこんな方法だとは、想像もしていなかっただろうからな。


「……魔力は大丈夫か?」

「問題ない。砂の怪魚サンドレモラから回収しておるからの」

「もしも足りなくなったら……俺のを使え」


 いつの間にと突っ込みを入れたくなりながら、魔書をずいっと突き出し、ビオラの顔を見る。

 何一つ悪びれず、彼女はにこりと笑った。

 

「そうならないよう気を付けるがの。もしもの時は、頼むぞ」


 指の汚れをズボンのケツ辺りでこすり落とし、俺はビオラの頭を軽く叩いた。


一蓮托生いちれんたくしょうってやつなんだろ? 遠慮するな」


 きょとんとしたビオラは少しばつの悪そうな顔を見せたが、小さく「頼りにしておる」と呟いた。

 杖を握りなおして立ち上がり、俺は三兄弟を振り返った。


「ついてくるか? 出来る限り守るつもりだが……もしもの時は、全力でここに戻れ」


 床をこんっと杖の先で叩いた俺が「壁を作るのは俺でも出来るからな」と言ったのは、三兄弟の耳に届いていただろうか。彼らは顔を見合わせて頷き合い、頭を下げた。


「よろしくお願いします!」

 

 おそらく、俺の言うの意味は分かっていないだろう。それでも、彼らは俺に命を預ける決意をしたと受け取ることにした。

 知り合って一日、二日でよくもまあ、他人を信じられるもんだ。


「お前らはやっぱ、花を作ってる方が似合うと思うぜ。あのトラックで、花を売り歩いてみろよ。きっと喜ばれる」

「妾もそう思うぞ。あのトラックとやらは可愛いゆえの」

「……兄貴?」

「お嬢まで、何言ってんっすか」


 首を傾げながら少し不安そうな三兄弟に笑ってみせる。

 

「さぁ、お喋りはここまでだ。進もう!」


 足を踏み鳴らすと、ビオラがすぐ横に並んだ。

 消えた壁の向こうに広がる暗がりを睨んで、俺は床を杖で小突く。


 シャンシャンっと鈴の鳴るような音が響き、再び光源が浮かんだ。


「自分でも出せるではないか。しかも無詠唱でとはの」

「そりゃな。これでも……マーラモード魔術師組合ギルドの特任魔術師なんでね」


 ごつごつとした床を蹴って走り込んだ先は、タイル張りの床だった。

 かかとの鳴る音が反響する。

 辺りを見回すと、ここが古びた部屋だと分かった。床のタイルは所々はがれ、簡素な机の上には何やら設計図の書かれた紙が散乱している。床にもノートやメモ帳だろうか紙の束が散らばっている惨状だ。まるで何かの作業部屋のようだ。


 部屋の奥、一番の暗がりに人影があった。

 光源をかざせば少し大人びた少女だと分かり、目を凝らして顔を見た。どこか見覚えがあるような気がしたが名前が出てくることはなかった。

 探るようにしながら警戒していた俺の横で、ビオラが一歩前に出た。そして──

 

「やはり、お主であったの」

 

 少女に話しかけた。知っているような口ぶりだ。

 やはりどこかで会っているのか。それを思い出そうと眉間にしわを寄せながら、俺は再び少女を見た。


「それは、こっちの台詞ですね。ふふっ、まさかあなたがだったとは……鎌をかけてみるものですね」

「鎌をかけた、だと?」


 俺の問いに、ええと頷いた少女は一歩、二歩と前に踏み出した。


「ロックバレスに来たのは、他の用事でしたが、あなたが守銭奴魔術師だと知って、もしやと思ったんです」


 まるで恋の告白をするように、少女はもじもじとしながら近付いてくる。


「だから、先ほどの道を使って、あなた達を招くことにしました!」

「招くだと?」

「はい。内密にお話がしたかったので」

「話なら手の込んだことをせずに、普通に声をかければ良かったのではないかの?」

「そんな、無理です。私ごとき下っの魔術師が、気安く話しかけるなんて!」


 ビオラがもっともな問いを投げれば、ぽっと頬を赤らめた少女は、勢いよくぶんぶんと両手とかぶりを振った。

 よく言うな。さっきの壁は、どう考えても下っ端の使う魔法ではない。


「お前、誰だ? 俺は、女だからって甘く見るつもりはないからな」

「そうですね。自己紹介がまだでした! 私、エイミーと申します。周りからは、と呼ばれています」


 狂人の名に似つかわしく無い可憐な笑みを浮かべた少女エイミーは、頭の横で対になるように結った栗毛色の髪をふわりと揺らした。


 何だこの違和感は。

 エイミーの青い瞳細められ、その冷たいまでの青色に寒気を感じた俺は視線を外した。すると、彼女の背後でうごめいた何かが視界に入った。

 赤い陽炎がいくつも揺れている。


「お前ら、走れ!」


 俺の声に弾かれるように、三人は来た道へと向かう。しかし、俺が杖を振る直前に、三人の行く手をはばむ壁が出現した。

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