6-6 現れた扉に刻まれた魔法陣の答えを示すことが出来るのはただ一人だ。

 ごつごつとした道をひたすら進むと、予想に違わぬ扉が現れた。


「壁ですよね?」

「壁だが、扉だ」

「開けゴマ! みたいなやつっすか?」

「当たらずとも遠からず、だな」

「意味分かんないし」


 三兄弟が首を傾げるのも無理はない。

 俺たちの前に現れたのは、今までの岩壁とは異なる、いかにも人工的なつるりとした壁だからだ。


になるもんは見当たらんの?」

「そうだな……」


 ビオラもしげしげと壁を見ているが、魔法の痕跡が見当たらず、口を少しばかり尖らせて不満そうだ。

 扉の向こう側に魔法陣が書かれているなら、こちらからの侵入を塞ぐもの、あるいは、あちらのものを侵攻させないためと考えられる。


 見えない魔法陣をどう解くか。破壊するのも手だが、そうなると刻まれた魔法の上をいく魔力と破壊力を練り出さないといけない。

 あれこれ考えあぐねいていると、光源が一つ、ふっと消えた。


「なんじゃ、時間切れかの?」

「そうみたいだな。他のも消える前に──」


 傍に集まれと三兄弟たちにも声をかけようとした時だ。光源が消えて薄暗くなっていく中で、壁にぼうっと蛍火ほたるびのように文字が浮かび始めた。


蓄光ちっこう塗料とりょうか!」

「何じゃ、それは?」

「光をため込んで発光するインクだ」

「そんなものが今はあるのかの」


 好奇心に満面の笑みになったビオラと二人で、壁を見た。そこには、道を封じる魔法が刻まれていた。使われる言語は、古代魔術言語ロー・エンシェント・ソーサリーを分かりやすくした最近の言語だ。魔力の属性が分かれば破壊もしやすいだろう。

 大地に刻まれた力は何か。そう探りながら読むにつれ、俺の心がすっと冷静になっていった。


 これに気づかず、戻るべきだったかもしれない。

 ビオラの様子をちらり見ると、その顔から笑みは消え、真剣な眼差しになっていた。


「兄貴、なんて書かれてるんですか?」

 

 しばらく黙っていたことに痺れを切らしたマイヤーが尋ねてくる。それに応えることが出来ず、俺は低く唸り声のような頷きを返すのが精いっぱいだった。すると、横のビオラが小さな口をゆっくりと開いた。


「時を封じられし者。汝の血潮をもって道を示せ。さすれば扉は開かれる」


 刻まれた言葉をさらさらと読み上げたビオラは、俺を見て「ナイフはあるか?」と尋ねた。


「何をする気だ?」

「この扉の向こうで、わらわを待っているというなら、かねばならんの」

「お前とは限らないだろう」

「そうかもしれぬ。だが、向こうにおる者は、時を封じられた者との対話を望んでおる」


 これが偶然の産物と誰が思う。どう考えたって、意図して作られたものとしか思えない。

 ビオラがであることを知るのは、魔術師組合ギルドでも限られた者だけだ。ビオラが力を封じられ、あるべき姿を取り戻せないと知っているとしたら、どこから情報が流れたことになる。あるいは、俺の傍にビオラがいることを良しとしない上層部が何か仕掛けてきた可能性も否めないが。


 考えても仕方のないことが頭をめぐり、背中をじっとりと汗が伝い落ちた。

 この扉を開けるのは、きっと簡単だ。しかし、開けた先にいるだろう魔術師は、俺たちと対立する者だろう。

 三兄弟の気配を背中に感じ、俺は決断を下した。


「一度、引き返そう」

「どうしてっすか!」

「俺たちが、足手纏いってことでしょうか?」

「結局、こうなると思ってたよ。どうせ俺ら、半端もんだし!」


 三兄弟が、俺の決定に初めて歯向かった。いや、歯向かったというより、俺の意図するところを察しているのだろう。悔しそうな面持ちを見るのが心苦しく、俺は顔を背けた。


「俺は、お前たちを無事に親元に返したいんだ。その為に、盗掘屋トレジャーハンターなんて危険なことは、これっきりに出来るよう、諦めがつくようにここまで連れてきた」

「……分かっていました。俺たちは、三人いても一人前になれないことも、この一年で痛感していましたから。でも、だから!」


 もしも、その先にたった一つでも遺物があるというなら、それを手にしたい。最後に、望みを叶えたい。

 その思いの強さも、十分に分かっていたつもりだった。それでも、この先に進んで三人を守り切る自信が俺は持てずにいた。

 うっすらと発光する壁の魔法陣を仰ぎ見たその時、カシャンッと何かが割れる音を耳にした。その音の方を見ると、ビオラがしゃがんで何かを拾った。


「ビオラ?」

「良いではないか。三兄弟は覚悟したのであろ? では、妾が全身全霊をもって守ろう」

「……お嬢?」


 ビオラの手の中で、何かがわずかな蓄光の光を反射した。それが、割れた瓶の欠片だと気づくのが早かったか、小さな手が握り込むのが早かったか。


「──ビオラ!?」

「お嬢! 手が、血が!」


 その手を掴もうと手を伸ばしたが、それよりも早く、ビオラは壁に赤く染まった掌を押し付けた。


「我が名はビオラ。妾の進む道は明日に繋がる。時は動く……妾が、動かしてみせようぞ!」


 高らかに唱えれば魔法陣は光を強め、そして、壁は消えた。

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