6-5 ひたすら暗がりを進んでいくが、これはどこに繋がるんだ?

 ぷかりぷかりと浮かぶ光源を頼りに、第五階層から繋がる未踏領域を進んでいた。

 光源の一つを先行させ、曲がり角を確認しながらひたすら進むが、魔物は一向に現れない。これだけ煌々こうこうと光を灯していれば丸見えだろうに、火蜥蜴サラマンダーどころか、蛙一匹現れやしない。


 ごつごつとした岩肌のような壁を照らしてみるが、そこにも特に異常は見られない。隠し部屋を見つけるどころか、出っ張りの陰に蜥蜴が潜んでる様子もなければ、道が単調に続いているだけだ。幾分か足場が悪く、まるで波打ち際を進んでいるような感覚を覚えるが、いたって平穏だ。

 初めこそ、花農家三兄弟も勇んで辺りを見回していたが、今は随分と大人しい。

 

「のう、ラス。この道上っておるの?」

「……やっぱり、そう思うか」


 ビオラの問いに相槌を打って足を止め、後ろを振り返ってみた。

 進んできた道の奥を照らすよう、光源を数十メートル程度飛ばしてみると、分かりにくくはあったが緩やかな下り坂のように見えた。


「足場の悪さで気づくのが遅くなったの」

「この勾配こうばいの緩さは、角度四度、いや、三度ってとこか?」

「そんなもんかの?」

「兄貴、こーばいって何っすか?」


 俺とビオラが話していると、オーソンが尋ねてきた。その横で、そろそろ歩くのにも飽きていたのだろうレムスと、緊張し続けている様子のマイヤーも興味深そうに俺に視線を向ける。


「勾配ってのは、斜面の傾き度合いのことだ」

「角度が三度、四度って大したことなさそうだけど?」


 だってこんなもんで六十度だしと言って親指と人差し指を開き、それを徐々に狭めて見せたレムスは「十五度でこれくらい?」と尋ねてきた。

 

「まぁ、そう思うよな。けど、角度が三度もあれば、二十メートル歩くだけで、だいたい一メートル高い場所に辿り着けるんだ」

「……てことは、百メートル歩けば五メートルにもなるんですか?」

「単純計算だとそうなる。四度の勾配がある坂を百メートルも進めば、民家の二階屋根くらいには達するだろうな」

「つまり……」


 マイヤーは民家を思い浮かべたのだろう。驚きの表情に変わった。

 弟たちも、角度より高さが重要だということに気づいたらしく、興味深そうな顔で、光源に照らし出された道の先を見た。

 

「何百メートルも上り坂を歩いておったら、妾たちは、五階層よりも遥かに高い場所に出てしまうということじゃの」

「そうなるな」

「まずいのではないか?」

「まずいな……」

 

 淡々としたビオラの問いに頷きながら、俺は辿ってきた道を思い出した。

 何度か道を折れ曲がったが、ほぼ一直線の道だった。それを頭の中で折れ曲がる線として描いてみれば、角張った渦巻きが出来上がった。直線に角度をつけて想像すると、角を曲がる毎にさらに上がる様は、まるで山頂を目指す坂道だ。


 このままいけば、もう間もなく第七階層に出てもおかしくはない。

 ちらりと三兄弟を見るが、彼らは何がのか分かっていないようで、きょとんとしていた。


「もしも、予想通り上の階層に繋がるなら、そっちにも未踏箇所が出来ていることになるな」

「兄貴……考えているところ申し訳ないんですが、結局、ここに遺物はないんでしょうか?」


 ぶつぶつと言葉を零しながら考えていると、マイヤーが困った顔をして尋ねてきた。そこは弟達も気になる点だったようで、三人そろって俺に真剣な眼差しを向けてきた。

 それもそうか。こいつらにしたら、親の借金返済のために何が何でも稼ぎたいところだろうからな。


「……もう少し進めば、おそらく扉がある。その先に、何かしらあるだろう」

「何故、扉があると分かるのじゃ?」

「これが上に繋がってるなら、魔物が通って当然だろ? けど、一匹も襲ってこない。てことは、その侵入を阻む扉があるとしか思えない」


 あるいは上に向かっていても、この道はまだ繋がっていない可能性もあるが。

 ひとまず、その確認が取れるところまで進んで、魔術師組合ギルドに報告をするだけでも、多少の報酬は入るはずだ。しかし、この程度であれば、すでに調べがついているようなものだが。もしや、時刻や侵入者の魔力量で形を変えるタイプだったりするのか。それだと、俺の魔力に反応して上層階に繋がる道が開いたと説明出来そうだしな。


 云々と俺が考えていると、ビオラはやれやれと言うように小さくため息をついた。


「気になるのであれば、進んだ方が良かろう」

「まぁ、そうだな。組合もサンプルは多い方が良いだろうしな」

「いざとなれば、妾がこれで三兄弟の防御を展開するゆえ、気にせず進むのじゃ」


 魔書をずいっと突き出して胸を張ったビオラに、三兄弟は感嘆の声を上げて拍手をした。だから、甘やかすな。そもそも、その魔書を作ったのは俺なんだが。

 呆れながらも、進むことを選んだ俺は再び先頭に立って歩き出した。

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