6-10 葬送の祈りは、魔術師の仕事じゃないんだけどな。

 ガコンガコンと音を立てて壁は元に戻り、部屋は再び薄暗くなった。

 血塗られた部屋を振り返り、見回す。

 その惨状を前に、俺は深い後悔の中にいた。

 何が特任魔術師だ。一般人をこんな現場に巻き込んで、違反者をみすみす逃して。言い訳のしようがない。


 脳裏に師匠の呆れ顔が浮かび、そのやる気のない顔が「傲慢ごうまんだったな」と呟いた。


「ラス、気にするでない」

「そ、そうっすよ!」

「俺たちは生きてるし」

「何も問題ありませんよ、兄貴!」

「……ビオラ、お前達……」


 どう言葉を返せば良いのか分からず、ずたずたに引き裂かれた火蜥蜴サラマンダーしかばねを前に黙り込むと、ビオラが手を握ってきた。振り返って見た三兄弟は、まだ腰を抜かして青い顔をしながら俺を気遣っている。全く、どいつもこいつもお人好しだな。

 小さな手を握り返すと、幼い顔が微笑んだ。


「ずいぶん魔力を遣わせてもらったが、問題はないか?」

「……食いすぎだろ」


 そう返しながら、俺は火蜥蜴の屍に杖の先を向けた。

 どうしてエイミーを逃がしたのか、何を考えているのか、ビオラには聞きたいことはいくつもあった。だが、今やるべきことはこの無慈悲な血濡られた部屋を片付けることだろう。


「魔物に同情する気はないが……あの女と出会わなきゃ、もう少しマシな死に方をしただろうな」


 カンカンっと床を叩くと、血塗られた床に輝く魔法陣が浮かんだ。


「天に花なく、地に星なく。名もなき獣は闇よりいでて闇にかえらんとす」


 葬送なんて魔物にすることじゃないのかもしれない。

 だけど、エイミーにパフォーマンスよろしく使われ、さらにその体から火蜥蜴の石サラマンドライトを抜き取られて、って言うのは、どうなんだろうな。

 輝く魔法陣の中に、部屋中を汚した粘り気のある血液が集まり出した。まるで、飛び散った様を巻き戻すように、バラバラになった火蜥蜴の血と肉片もぞろぞろと集まってくる。

 

「闇に落ちく命よ、ありし輝きをこの地にのこせ」


 俺の詠唱に応えるように、魔法陣の輝きは強くなっていく。その中で、血塗られた火蜥蜴の四肢はより暗さを増していく。そして、まるで粘土がこねられるように、見えざる手によって黒々とした塊と姿を変えた。


「その四肢が朽ちようとも、黄昏に沈もうとも、命の叫びはこの地で輝く!」


 杖の先で魔法陣を叩けば、見えざる手によって黒い塊となった火蜥蜴は真っ白な光に飲み込まれた。


   ***


 窓の外、木々の向こうに覗く落ちた遺跡カデーレ・ルイーナはライトアップされて輝いている。俺たちがいたのは、第五階層から上がった先、おそらく第八階層あたりだ。


 魔術師と盗掘屋トレジャーハンターが手を組んだおかげで、第八階層もそろそろ整備が完了すると聞いていたが、まさか、不正に下の階層から道を繋げられるとは誰も予測していなかっただろう。

 高位の魔術師なら、そんなことをしなくても上層階に行ける。ベテランの盗掘屋もだ。だから、そんな時間も魔力も無駄になるようなことを思いつくわけもない。


 脳裏に、にいっと笑うエイミーの顔が浮かんだ。

 あれほどの魔力と技術の持ち主が、なぜ、下級魔術師のままなのか。師匠がいないと言っていたが、彼女は誰に魔法を教わったと言うんだ。もしも、独学だと言うなら、とんでもないことだ。


「眠れぬのか?」


 出窓の縁、窓台に腰を下ろして悶々と考えていた俺に、ベッドの上で体を起こしたビオラが声をかけてきた。


「……まぁ、そんなとこだな」

「三兄弟のことを気に病んでおるのか?」

「あー、いや、そうでもない」


 隣の部屋に繋がるドアを見て、思わず苦笑を零した。


「確かに、あいつらには悪いことをしたけどな。これで、観念して家に帰るだろう」

「そうじゃの。その方が良い。あやつらは顔に似合わず初心うぶじゃからの」


 幼い顔に似合わない含み笑いを浮かべたビオラは、ごそごそとベッドから出ると、俺のすぐ目の前に立って両手を伸ばしてきた。


「なんだよ?」

わらわも、そこに座りたいと思うての」

「ここは椅子じゃねぇぞ」

「なら、ラスも下りるが良い」


 それもそうかと可笑しくなりながらビオラを抱き上げ、窓台に上がらせた。すると、小さな手が窓ガラスに添えられ、彼女は少し背を伸ばして外を見た。


 外から差し込む光が、ビオラの赤い瞳を輝かせる。よく見ればその輝きはまるで、竜錬石ドラコタイトのようだ。赤い虹彩の中にキラキラとした金の輝きが見られる。金砂のようなそれは、魔術師たちの間では星と呼ばれている。潜在魔力が高い者にごく稀に見られる印だ。


「何じゃ、妾の目は珍しいかの?」

「……まぁ、そこまで綺麗な赤目は珍しいだろうな」

「そうかの?」

「あぁ。俺の母親も赤目だったが……星はなかったな」

「なんじゃ、身近におったではないか」

「母親くらいだったな、綺麗な赤は」


 懐かしさに笑うと、ビオラは窓に背を向けて窓台に腰を下ろした。


「あの娘の目は、青じゃったの」

「……エイミーか」


 俺の脳裏に、再びにぃと笑うエイミーの顔が浮かんだ。

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