5-8 俺は野郎の面倒をみる気はない!
俺は今、晴れ渡る青空の下、展望デッキで海風を浴びながらベンチに腰掛けて冷めたハーブティーを飲んでいる。目の前で雁首揃えて甲板に膝をついて座っているのは、ビオラに難癖つけて絡んできた男達だ。
騒ぎを聞きつけた船員に事情を話し、三人は土下座をして謝った。俺たちも被害は何もないからと言って穏便に済ますこととした。しかし、船員が立ち去った後、お詫びをしたいと言い出した彼らは立ち去ろうとせず、この状況だ。
これでは、まるで俺たちが三人に土下座をさせているようではないか。
「お前ら、何か訳ありかの?
オレンジジュースを飲みながら言うビオラに、男達は閉口して小さく唸った。
まあ、五つか六つ程度の幼女に言われたら堪ったものじゃないだろう。しかし、ビオラの言うことはもっともだ。三人の中で最も大柄な奴が俺に抵抗しようとしたときを思い返しても、その動きは素人丸出しだった。
この三人が
「
「ラス、組合とは何じゃ?」
「色々あるが、簡単に言えば働く奴らをまとめる組織だな。俺はマーラモードの魔術師組合に所属してる」
盗掘屋もいくつかの組合があり、競合しながら仕事の斡旋をしている。盗掘なんて名前がついているが無法地帯ではなく、俺たち魔術師と同じように組織の中でルールを守りながら仕事をしている。仕事に慣れない新米にはそう危険な仕事など回ってこないシステムになっている訳だ。
「ほう、仕事をするのも大変じゃの」
「組合に所属することで色々と権限や保証がもらえるんだ。俺が落ちた遺跡に単身で行けるのも、組合から許可が下りてるからだ」
ふむと納得したビオラはブルーベリー入りのスコーンを食べ始めた。
「ほら、零すなよ」
スカートの上にハンドタオルを広げ、汚さないように注意していると、小柄な男がぐすぐすと涙を零し始めた。
何か泣かせるようなことを言っただろうか。突然のことに、俺が引き気味になっていると、三人の中央にいた大人しそうな男が身の上を話し始めた。
「俺はマイヤーっていいます。ルナトゥム島から来ました」
「ルナトゥム? マーラモードから船で十時間はかかるとこだな。薬草と花が名産だったと思うが」
「花を売るのかの?」
「あぁ。花の品種改良が盛んで、花畑の美しさも観光地として有名だ。それに、年間を通して温暖な気候と美しいビーチが人気で、マーラモードからも大型客船が定期的に出向している」
不思議そうに首を傾げるビオラは男達を見た。
「俺たちの両親は花農家です。けど、新規事業に失敗しまして……」
話を聞くと、どうやら事業失敗をしたのは一年前で、資金調達のために三兄弟は
ビオラに当たり散らしていた大柄な男が次男オーソン、今ぐずぐずと泣いているのが三男レムスだと名乗った。三人はまだ十代で、レムスに至っては十四歳だという。大人たちに負けまいと尊大な態度を振舞っていたようだ。
戦闘慣れしてないどころの話じゃない訳だ。
「大人しく農家を継いだ方が良いぞ、お前ら」
残念だが、盗掘屋にも向き不向きがある。どう見たってこの三人は武器の扱いを学んだことはなさそうだし、喧嘩慣れしているようにも見えない。若さと勢いだけで上手くいく奴もいるにはいるが、彼らにはやるべきことがある筈だ。
「商売には失敗はつきものだけど、地盤があるなしじゃ随分と違う。どれだけの事業失敗かは分からないが、家に帰って親を手伝うんだな」
「けど、俺たち、資金集めてくるって家飛び出したのに、手ぶらじゃ帰れねぇっす!」
オーソンは低い声を上げ、前のめりになって訴えてきた。この次男、三人の中でもひときわ筋肉質で縦にも横にも大きいため、迫られると多少の威圧感はある。ビオラも若干引き気味にその様子を見ていた。
「親父さん達、そんなの期待してないと思うぜ」
ハーブティーを飲み干し、空のカップをベンチに置き、長男のマイヤーを見た。彼は唇を噛んで俯いている。おそらく、俺が言いたいことも分かっているのだろう。
「で、もう一度聞くが、お前ら組合には所属してるんだろうな?」
「……それは」
返事はない。つまり、無所属で盗掘屋の真似事をしていたってことか。
やれやれとため息が自然と出た。
現実を突きつけてやることが、この兄弟のためになれば良いのだが。
「お前ら、世の中舐めすぎだ。組織の後ろ盾がなく、遺跡で遺物を発見できるなんてことはない。遺跡ってのは組合の
「じゃが、入ることは出来るのじゃろ?」
「……まぁ、そうだが」
俺の説教を気にもせず、ビオラが尋ねてきた。
「なら、お前ら、妾たちと共に来い!」
「はぁ!?」
突然の提案に、俺はデカい声を上げ、三兄弟は衝撃に目を見開いてビオラを見た。
「旅は道連れ世は情けと言うではないか。その代わり、お前らは今回の落ちた遺跡を最後に、盗掘屋は引退じゃ。成果があってもなくても、両親のもとに帰る。ラス、それでよかろう?」
「……おいおい、ビオラ……」
お前の面倒を見るだけじゃなく、この三兄弟の面倒まで見ろと言うのか。
あまりの提案に気が遠くなり、頭を抱えた俺だったが、突き刺さる視線に耐えかねて三人を見た。
「……分かったよ」
期待の眼差しにため息をつき、片手を上げて承諾した。
「兄貴! お嬢! よろしくお願いします!」
土下座をする三人の声に気が重くなった。俺は
満面の笑みのビオラは「楽しい旅になりそうじゃ」等といって満足そうな笑みを湛えていた。
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