5-9 ロックバレス上陸!

 入港の時刻が迫る頃、室内の共有スペースにいた俺たちは、今日の予定を確認していた。


「魔術師組合ギルドにまずは行くのじゃな!」

「あぁ、併設の食事どころがあるから、そこでお前たちは待っていてくれ」

「食事ということは、ロックバレスの名物料理も食べられるのかの?」

「全部は無理だろうが、魚料理くらいはあるだろうな」


 当然のように食事と言う単語に食いついたビオラに、思わず笑って答えた俺は、身を乗り出して興味を示した三兄弟に視線を向けた。もしや、こいつらの飯代も俺が払うことになるのか。


 育ち盛りの三男に、いかにも大食そうな次男だけでも、支払いが憂鬱ゆううつになりそうだぞ。いくらなんでも、経費で落とすのは無理がありそうだし、どうしたものか。

 俺が内心でうなっていると、次男のオーソンがビオラを見た。


「名物料理って何っすか?」

「ロックバレスは美味しい料理がたくさんあることを、知らぬのか?」

「俺たち、初めて行くんだぜ。知る訳ないし!」


 ビオラの話に素直に興味を示しているのはオーソンだけではなさそうだが、三男レムスは少し反抗期のようだな。その程度の噛みつき、ビオラは気にもしないだろうが。

 面白い会話の成り行きを傍観していると、長男マイヤーがレムスの頭をがしっと掴んだ

 

「こらっ、レムス。お嬢になんて口の利き方をするんだ」

「兄ちゃん、だって……」

「気になどせぬ。それより、これを見るのじゃ!」


 予想通りだが、謝れと言って弟を叱るマイヤーをビオラは気にもしていない。それどころか、得意気な顔をして、俺が渡しておいた航路案内のパンフレットをテーブルに広げた。

 ロックバレスの地図と名産品の案内が書かれている面を覗き込んだ三兄弟は、歓喜の声を上げた。


「お嬢、さすがです!」

「美味そうな料理がいっぱいっすね!」

「俺、腹減ってきたよ……」

「うむ。わらわも腹ペコじゃ。ラス、組合とやらは港から近いのか?」


 四人の視線が俺に向けられた。


「すぐだ。そうだ、お前達に確認したいことがあるんだが、?」


 俺が三兄弟に向かって尋ねたその時、下船に向けた案内が船内放送で流れた。


「俺たちはバイクだが──」

「それなら、下船すぐの駐車場でお待ちしています。俺たちの方が先に出ると思うので」


 すくっと立ち上がったマイヤーはビオラに向かってにこりと笑う。


「あ、おい、オマエラ!」

「お嬢、先に外でお待ちしています」


 少ない荷物をまとめた三人は足早に去っていった。


「大丈夫かの?」

「まぁ、次男がデカくて目立つから、見つかるだろう。よし、俺たちも移動するぞ」

「うむ。ラス、着いたらレモンアイスは必ず食べるからの!」

「あー、分かった分かった」


 車両甲板への出入り口に向かう途中、魔導式車両の下船を開始したという案内を耳にした。思いの外、早く順番が回ってきそうだ。

 出入り口付近で待機しながら、ビオラにヘルメットを装着させていると、バイクの下船を開始すると案内が流れ、車両甲板に移動することが出来た。


「忘れ物はないな」

「うむ!」


 ビオラをサイドカーに降ろし、荷物をくくりつけた俺はシートにまたがりキーを差し込む。

 久々のロックバレスに、少しばかり気分が向上していた。


 天候も安定していて、バイクを走らせて遠出をするのにな日だが、不安要素と言わんばかりに、あの三兄弟が脳裏に浮かぶ。まさか、根性で走って付いてくるとか言わないよな。


「ラス、どうしたのじゃ?」

「いや……ま、何とかなるだろう」


 苦笑を浮かべると、車両誘導担当の船員が誘導灯を振って合図した。


「さぁ、行くか!」

「うむ! ロックバレス上陸じゃ!」


 スロットルを回してエンジンを動かせば、ビオラは上機嫌で前方を指さした。


 車両甲板を出た先には鮮やかな青空が広がっている。そして、駐車場に向かうと「兄貴!」「お嬢!」とすっかり聞きなれた声が俺たちを呼んだ。

 そこに、見慣れない小型の魔導式トラックが停まっていた。水色の丸っこい車体には花柄がペイントしてある。その助手席から顔を出したレムスが手を振っている。


「あれは何じゃ? 水色で可愛いの!」

「だいぶ古い型だが、荷台付きの魔導式車両だな」


 興奮気味のビオラに簡単な説明をしながら、駐車しているトラックにバイクを横付けする。


「このトラックとやら、可愛いの!」

「ありがとうございます、お嬢」

「足があって良かった。それじゃ、組合まで行くからついてこい」


 根性で何とかする訳じゃなくて良かった。そう思いながら、車体に花農家の屋号らしい文字を見て、思わず苦笑した。どうやら親のトラックを譲り受けたようだな。全く、親って生き物はどこまで心配性なんだか。

 旅に出た師匠のことを思い出しながら、俺は思わず口元に笑みを浮かべていた。


 ***


 賑やかな海沿いの街道を進むとすぐに、そこそこ大きな五階建ての建造物が見えてきた。シンプルな外観で観光地色に染まっていないが、昔からここにある魔術師組合だ。その専用駐車場にバイクを停め、ビオラを降ろしていると三兄弟がすぐに駆け付けた。


「すぐ入って右に食事処がある。そこで大人しくメニューでも見ていてくれ。ビオラ、注文しすぎるなよ!」

「……分かっておる」

「今の間は何だ? 外での食事はタダじゃないんだからな」

「まっこと、口うるさいの! 分かっておる!」


 ぷうっと頬を膨らませたビオラは三人を従えるようにして歩き出した。

 心配だったので、食事処の入り口で店員に四人と後で合流する旨を伝えて見送ることにした。それを煙たそうにみるビオラだったが、店員に窓側の席をすすめられると、喜んで店内に入っていった。


 四人が大人しく席に着いたのを確認し、俺は組合の受付に急いで向かった。さっさと手続きをしなければ、奴らがここぞとばかりに注文しかねないからな。

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