5-6 父娘に見られることよりも、ビオラの無駄遣いに悩む旅になりそうだ。

 売店を前にしたビオラは真剣な顔で並ぶメニューを見ている。アイスにジュース、クッキー、スコーン、あれもこれも欲しいと言い出し、ダメだと一喝したばかりだ。

 ショーウィンドーに張り付く幼女の姿に、店員は困り顔になりながらも、微笑んでくれている。その眼差しは、娘のわがままに困る父親への同情のようにも感じた。


「ビオラ、ロックバレスにつくまでは、たった五時間だ。向こうに着いたら昼飯にするから、ここはアイスか飲み物、どちらかにしておけ」

「だが、アイスも搾りたてオレンジジュースも捨てがたいのじゃ! それに見よ、あのスコーンには、ブルーベリーが入っておる!」

「……家に帰ったら焼いてやるから、それは我慢しろ」

「むー、ラスのスコーンは美味しいがの。他の店のも食べて、研究するのも良いと思うのじゃ!」

「作るのは俺だろう。お前が研究してどうする」

わらわの意見で、新たな発見があるやもしれぬぞ!」


 今日はやけに食い下がるな。朝飯が足らなかったのだろうか。

 やれやれと困っていると、俺とビオラの間にスコーンの包みを持った手がぬっと差し込まれた。ビオラが食べたがっているブルーベリー入りだ。


「良かったらどうぞ」

「良いのか!?」

「いや、見ず知らずの人にもらう訳には……」

「美味しそうだったので、つい三つも買ってしまったんですけどね。二つ目ですでに飽きてしまいました」


 声の主は、愛想よく笑う青い目をした少女だった。十代後半くらいだろうか。柔らかな栗毛色の髪を二つに分けて耳の横で結んでいる。身なりは良いし、すれた感じもしない。盗掘屋トレジャーハンターには見えないが、ひとり旅だろうか。

 いぶかしんでその姿を見たにもかかわらず、少女は俺の視線を気にする様子もなく、手に持っているスコーンを見た。


「三つ目を食べる気がないので、もし、お嬢ちゃんが食べないなら、海鳥にあげるしかないですね」

「それはもったいないの!」

「あー……では、買い取りますよ」


 期待に目を輝かせながら見上げてくるビオラは、すっかりもらう気満々だ。

 しかし、明らかに年下の少女から無償で物をもらう訳にはいかないだろう。いくら守銭奴と言われる俺でも、大人のプライドくらいはもっている。それに、ただより恐ろしい買い物はないものだ。

 俺が財布を開けようとすると、少女は首を傾げて眉間にシワを寄せた。


「そういうつもりでは……では、私、丁度コーヒーを買おうと思っていたので、それを買っていただくと言うのはどうでしょうか?」

「それでは金額が合わないな。このクッキーを付けるのでどうかな?」


 コーヒーにクッキーをつけると、明らかにスコーンの値段を超える。それを気にしたのだろうか、少女は困った顔のままだったが、ちらりとビオラを見ると頷いた。

 

「では、お言葉に甘えて」

「妾もクッキーが食べたいぞ!」

「お前は黙ってろ」


 一言ぴしゃりと告げ、俺はコーヒーとハーブティー、オレンジジュースを頼むと、会計の横に並ぶクッキーの包みを一つ手にした。


「ラス、アイスは──」

「ロックバレスについてからだ!」


 まだ食い下がろうとしたビオラを一睨みすると、その小さな唇が少し尖って不満をあらわにした。


「ほんっと、ラスはケチじゃの。だから守銭奴魔術師などと言われるのじゃ」

「好きに呼んでくれ。あー、お嬢さん、これでいいかな?」


 熱いコーヒーが注がれたカップとクッキーの包みを少女に渡すと「守銭奴魔術師?」と興味深そうに尋ねられた。


「え、あー……周りはそう呼んでるけど」

「魔術師、なんですか?」

「そうじゃ! だと言うのに、金にがめついのじゃ。ラスの趣味は帳簿つけとしか思えんの!」

「商売人は、毎日帳簿をつけるもんだ」

「色気の欠片もないの」

「どうやら、ビオラはこのジュースがいらないようだな」

「何と卑劣な! 幼女わらわからジュースを奪おうなどと! この悪魔! 人でなし! 魔王!」


 ビオラの手が届かないところまでカップを持ち上げると、その丸い頬が風船の如く膨らんだ。ぴょんぴょん飛び跳ねて取ろうとするが、その手が届くはずもない。


「……魔術師なのに、商売人なんですか?」

「え? あー、マーラモードで『開錠屋』っていう、魔法絡みの何でも屋をやってるんだ」

「開錠屋……」

「主な仕事は魔法道具の修理だけど、封印の解除や古い魔法の解読、出来ることは何でも引き受けてる」


 ジュースのカップをビオラに渡し、スコーンの礼を重ねて言った俺は、少女に「何かあればご贔屓に」と挨拶をして別れた。

 共有スペースを抜け、展望デッキへ向かう階段に足をかけた時、ふと背中に視線を感じた。足を止めて振り返ったが、賑わう共有スペースに異常はなく、特に見知った顔があったわけでもない。


「どうしたのじゃ?」

「いや……気のせいだろう」


 振り返ったビオラは階段下を見ると、ふむと小さく頷いたが、すぐさま前を向いて「はよう行くぞ」と言うと階段を上り始めた。

 朝が早かったせいもあって、少し、疲れが出て神経が過敏になっていたのだろう。そんなことを思いながら、俺はビオラに続いて階段を上がった。

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