5-5 いざ乗船。目指すはロックバレス!

 朝日が眩しく差し込む海岸線に出ると、海鳥の鳴き声がさらに近づき、潮風の香りが強くなった。


 予定よりも一時間早くビオラに叩き起こされて前倒しで家を出たが、サイドカーから歓喜の声が上がるのを聞くと、まぁいいかって気分になるもんだ。

 しばらく海岸線を上がっていくと、ビオラが前方を指さし、声を張り上げた。


「ラス、船じゃ! いくつも止まっておるの!」

「一番デカいのが、大陸に向かうやつで、他のがこの周辺諸島に向かうやつだ」

わらわが乗るのはどれじゃ?」

「船体に赤い星のマークがあるのだ」

「ふむ。大陸に向かうのと比べるの小さい船じゃな」


 少し残念そうに言いながらも、近づく客船に興奮するビオラは満面の笑みだ。

 五百年前の客船がどのくらいの大きさだったのだろうか。

 目を輝かせ、興奮のあまり拳を握って近づく客船を見るビオラの様子は、そこらの子どもと変わらない。中身は大人の筈なのに、その幼女の姿に違わぬ好奇心に満ちた顔は、なんと言うか面白い。


 そもそも、滅んだネヴィルネーダは内陸にあった国だ。船に乗ってどこかに行く機会はなかったのかもしれない。そう考えれば、ビオラが浮き足立っているのも当然か。

 ふと、初めて母に連れられて船に乗った日のことを思い出した。


 初めて船を見上げたとき、俺も同じような顔をしていたのかもしれない。そう思ったら、さらにおかしさが込み上げた。

 近づいた船を見たビオラが、赤い星を指さして声を上げた。


「星の上に蜥蜴とかげの絵があるの!」

「あぁ、それがロックバレスに向かう船だ」

「遠くから見るより大きな船じゃ!」

「ロックバレス行きは観光利用も多いが、物資を運ぶ商業船でもあるからな」


 話をしながら辿り着いた乗船場は随分と賑わっていた。

 ロックバレスに運ばれる物資の搬入のため魔導式車両がいくつも出入りしている。その横が、一般車両の待機場になるが、すでにいくつかの車両が停まっていた。

 いくつもの車両を横目に、ビオラは勝ち誇った顔をした。


「ラスのバイクが一番カッコいいの!」

「そうか?」

「そうじゃ。妾は箱に入るより、こっちの方がよい!」

「……箱ねぇ」


 ビオラが指さした魔導式車両を横目に、俺は思わず笑った。

 最新モデルの高級車を箱呼ばわりって言うのは、何も知らないから出来ることかもしれないな。それに、外見が幼女これだから許される発言だろう。

 

「さて、一度バイクを停めて手続きをするから」

「まだ船には乗れぬのか」

「手続きの後、順番に船員スタッフが駐車の手伝いをしてくれるんだ」

「ふむ……てっきり、すぐ船に乗り込めるものと思っておった」

「そんなに待たないって」


 それから少しご不満顔のビオラを伴って乗船手続きを終えると、そう待つことなく乗船時間となった。

 案内人に従って乗船すると、駐車を手伝う船員が愛想よく話しかけてきた。


「親子で旅行ですか? 良いですね」

落ちた遺跡カデーレ・ルイーナに行くのじゃ」

「それは楽しみですね。怖い魔物が出るかもしれないから、お父さんの言うこと聞くんですよ」

「うむ! 魔物はラスが退治するから大丈夫じゃ!」

「はははっ、それは良い!」


 冗談だと受け取ったのか、大笑いした船員は、ポケットから小さなキャンディーの包みを一つ取り出してビオラに手渡した。包みには船の絵と運航会社の名前が印刷されている。子どもに向けたサービスなのだろう。

 キャンディーをポケットに押し込め、ビオラは笑顔でお礼を言うと、ロープで固定されるバイクを興味深そうに眺めていた。


「ぐるぐる巻きじゃの」

「船は揺れるからな。あー、酔い止めを買い忘れたな」

「今日はそれほど荒れてませんよ。心配なら、船内の売店でも売ってますから、ご利用ください」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

「よいご旅行を」

 

 そう言って、次の車両に向かう船員はビオラに手を振ると忙しそうに走っていった。


「キャンディーまでくれて、良い奴じゃったの」

「そうだな。さて、それじゃ船内に行くか。まずは売店だな」


 荷物を背負い、ヘルメット片手にビオラの手を引いて船内に上がると、すぐに歓喜の声が上がった。

 朝一の便と言うこともあって清掃も行き届き、整然としたエントランスは朝日が差し込んでいて輝いていた。

 エントランスを抜けて階段を上がり、売店に向かうまでの間、ビオラは終始きょろきょろと辺りを見回していた。


「たくさんの利用者がおるの」

「だから言っただろ。ロックバレスは観光地だって」

「ふむ。妾たちも旅行者の親子と思われておったの」

「……俺って、そんなに更けてるか?」

兄妹きょうだいというには年が離れすぎてるからであろ? それにしても……良からぬ者もおるの」


 つとビオラが視線を向けた先には、人相の悪い男達がいた。おそらく盗掘屋トレジャーハンターだろう。多くの盗掘屋は真っ当に仕事をしているが、たまに、関わらない方が身のためと言える、質の悪い連中もいる。


「関わることはない」

「そうじゃの」

「それよりほら、飲み物は何にする?」


 広い売店にたどり着き、ビオラの意識を盗掘屋からそらせるため「アイスもあるな」と言うと、彼女は歓喜の声をあげた。

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