5-4 出発前に地図を確認しておこう。
客室のドアをノックすれば、奥から「何じゃ」と声が響いた。部屋に入ると、ビオラのご機嫌な様子か目に入った。明日持っていく着替えを小さな革のリュックに詰め込んでいたようだ。
「用意は終わったか?」
「うむ。完璧じゃ! 明日の出発はいつかの?」
「朝の便で行くから……ここを七時くらいに出れば良いな」
「バイクじゃの!」
リュックを布張りの長椅子に置いたビオラは期待に目を輝かせると、そこにあった花柄のヘルメットを手に取った。それは先日買ったばかりのビオラ専用のものだ。専用と言うのがずいぶん嬉しかったようで、毎日、丁寧に拭いて大切にしている。
「まずは船だ」
「バイクはなしかの?」
「いや、向こうで足がないのも困るから、乗っていく」
「なんと! 船にはバイクで乗るのか!」
「バイクで乗る? バイクを停める場所があるって言うか……まぁ、いい。とにかく、明日は船で移動だ」
「海も見られてバイクにも乗れる。良いことづくしじゃ!」
ビオラがどんな想像をしているのか一抹の不安を覚えつつ、俺は椅子に腰を下ろすと折りたたまれたパンフレットを広げた。
「海図かの?」
「航路の案内だ」
港の案内所にはこういったパンフレットが置いてあるものだが、五百年前にはなかったのだろう。ビオラは興味深そうに覗き込みながら、便利な世の中じゃと呟いていた。
「この港から出ている客船は大陸に向かう大型以外に、周辺の諸島に向かう定期便が複数ある」
「大陸にいけば、ネヴィルネーダのあった場所にも行けるのか?」
「そうだな。だけど今回行くのは、ロックバレス。ここから五時間だな」
俺は、航路の一つを指さしてなぞり、その先にある島を示した。島の広さは、数日もあれば一周できる程度の規模だ。
パンフレットをひっくり返すと、裏には大きくロックバレスの島が描かれていた。
「東側に港町がある。この周辺に多くの島民も住んでいて賑わっているエリアだ。宿場なんかもあるの」
「ふむ。
「西の端だな」
地図をなぞっていくと、港と対する位置にある場所には観光地を示す星マークと「
「この三つの星マークは何じゃ?」
「おススメの名所ってことだろうな。この遺跡はいくつかの階層になっていて、その第一階層はガイドを伴って見学が出来るから人気もそれなりに高い」
落ちた遺跡はその名の通り、突如、空から降ってきた遺跡だ。まるで金字塔のような
それから寂れた島になったのが八十年前。時間をかけて一定の安全が確保された後、島の復旧が進み観光地へと姿を変えるようになって今に至る。
今でも謎の多い遺跡で、未踏の場所もまだ残っているし、そもそも、なぜ空から降ってきたかも解明されていない。
「魔物がいると言うのに、観光地とは物好きじゃの」
「この遺跡は結構人気だぜ。遺物目当ての
「ふむ、一攫千金というやつか」
「そんなところだな。この第一階層だけなら、火蜥蜴は現れないから、手軽に散策できるようになっているんだが、まぁ、行ってみれば分かる」
「ふむ……ラス、こっちにも三つの星があるではないか! 島の外じゃが、ここも火蜥蜴が現れるのかの?」
嬉々として声を上げたビオラは島の外、観光案内の欄を指さしていた。
「あぁ、それは島の名物料理だな。魚の香草焼きに、これはトマト煮か。貝の酒蒸しも美味そうだな」
「なんと。そのような情報も載っておるのか。この地図は優秀……ラス、これを見よ! アイスじゃ!」
「そうみたいだな。レモンのシャーベットか。そういや、この辺りはレモンの産地だったな」
「美味しそうじゃの! ん? これはクッキーじゃの。魚の形をしておるが……魚味かの?」
それはさすがに美味しくないだろうと思ったのだろうか。幼い顔がしかめられた。
「安心しろ、魚は見た目だ。漁業も盛んだからな。魚にまつわるものが多いんだろう」
「なるほど。それなら安心して食べられるの……ラス! 魔法石も売られておるではないか! 赤もあるそうじゃ!」
「あ? それは、魔法石の形をしたキャンディーだな」
目をキラキラ輝かせて右端のお土産特集欄を示したビオラは、俺の淡々とした返答にきょとんとすると、ややあって「紛らわしいの!」と顔を真っ赤にした。
これは明日、あれこれ食べたい、これが欲しいと言われそうな予感がするぞ。
「無駄な買い物はしないからな」
「……ケチじゃの。少しくらい良かろう?」
丸い頬がぷくっと膨れた。これを外でされたら、子どもに厳しい父親の姿に見られるのだろうか。
ふと、ジョリーに子どものふりをしてお願いをしていたビオラの顔を思い出した。あれを分かってやっているとしたら、明日もここぞという時に、子どものふりをして駄々をこねそうだな。
何か手を、考えておくとしようか。
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