5-3 俺の師匠は少しばかり規格外だが、ビオラはその上をいく。

 しばらく項垂れていたジョリーは顔を上げると、人差し指を立てた。

 

「一か月、待ってくれ」

「急ぎじゃない。俺もやることが多いし、仕事の間に情報を集めてくれればいい。それと──」

「まだあるのかよ!」

「どっちかと言うと、こっちが重要だ。赤の魔法石が欲しい」


 真面目な顔で頼むと、ジョリーは一息の間を置き、顔を引きつらせた直後に言葉にならない叫びをあげた。

 俺としては想定内の反応だったが、あまりの絶叫に、ビオラとのティータイムを邪魔されたリアナが「お兄ちゃん!」と抗議の声を上げた。

 

「ラス、お前……赤が、どれだけ貴重か分かって言ってるか?」

「分かってる。小さくても直径五センチほどのものが望ましい。なければそれ相応の数だ」

「おいおいおいおい……価格、把握してるか?」

「安いヤツでも数か月は食うに困らないだろうな」


 当然だが把握している。

 魔法石は大きさ、色、不純物などで価格が変動する。安いものなら小銀貨ステルラでも手に入るが、そういった物は小さく質も劣る。最低でも金貨ソル一枚ほどの価値のものでなければ利用価値がないとさえ言われる。数多ある魔法石の中でも、赤系統は強い魔力に馴染みやすく、魔術師が使う魔法具で使用されることが多い。俺の使っている杖にも組み込まれている。


「出来れば、竜錬石ドラコタイトがほしい」

「無理」


 即答のジョリーは見事な笑顔だ。それを笑顔で見返すと、その顔が引きつり始めた。


「あのな、ラス……お前の師匠が頭おかしいんだぜ。竜錬石はその名の通り、ドラゴンの体内で作られる石! そう簡単に手に入るもんじゃねぇんだよ」

「知ってる。だから、出来ればって言っただろう?」

火蜥蜴の石サラマンドライトも無理だからな」

「それはいけるだろ?」

「無理無理! お前ら師弟は頭がぜ!」


 両手を上げて大げさに首を振るジョリーは椅子の背もたれをギシギシ鳴らした。


「ラスが困ってるんだから手伝いなさいよ!」

 

 俺の後ろでリアナがぴしゃりと言った。振り返って見ればその手にはブラシとリボンを持っていて、目の前に座るビオラの髪をこれでもかと飾り付けている。

 ビオラはと言えば、渡された棒付きキャンディロリポップを舐めながら大人しくしている。意外にも、髪をいじられるのは好きなようだ。

 その様子を見たジョリーが顔を引きつらせた。

 

「簡単に言うなよ……俺だって、火蜥蜴の石すら、もう何年も拝んでないんだ」


 ため息混じりに出たジョリーの言葉に、ビオラは目をぱちくりと瞬いた。


「なんじゃ、魔法石不足か?」

「赤は魔物の腹の中で生成されるものが多いからな。そう簡単には手に入らないんだ」

「そうだそうだ……だってのに、お前ら師弟はほいほい杖に組み込みやがって。無理は無理だ!」

「これをばらす訳にもいかないしな」


 腰に挿している折りたたみ式の杖に視線を向け、しばらく考えた。

 俺の杖には派手な装飾はないが、いくつもの魔法石が埋め込まれている。その中の一つが師匠から譲り受けた竜錬石だ。大きさは五センチ程度で涙型をしている。

 ジョリーが俺と師匠をと言うには訳がある。

 俺の竜錬石は師匠が保管していたものだ。金に無頓着なあの人が気前よく「やるよ」と言ったのは、俺が十二、三歳の頃だ。当時の俺は価値も分からず、ジョリーに自分の髪色と似てる石をもらったと言って見せた訳だ。俺の三つ年上のジョリーはすでに魔法石の知識もあり、気安く持ち出すなと俺を怒鳴って大喧嘩になった。今思うと、ありがたくも可笑しな話だ。

 少しばかり幼い頃を思い出して黙っていると、ジョリーは髪をかき乱してため息をつく。


「何に使うか知らないが……夜明けの星ルシフェライトなら手に入るぜ」

「弱い」

「バカ言うなよ! 紫の最上級だぜ。手に入れるのにどれだけ苦労すると思ってんだ!」

「仕方ないだろう。ビオラの触媒を作るには赤が一番適切なんだ」


 すっかり冷めた紅茶を飲み干した俺は、さて困ったもんだと頬杖をついてため息をついた。

 

「触媒? 杖か? まだ小さいんだから、白で良いだろうが!」

「杖にする必要はないが……あんな子ども騙し、すぐ割れるに決まってるだろう」

「子ども騙しだぁ? うちで扱ってるのは上物なんだけどなぁ!」

「品は良い。けど、ビオラには適切じゃない」

「ビオラちゃんは目も赤いから、赤が似合うのよ、お兄ちゃん!」

「リアナ……黙っててくれる? 兄ちゃん、今、仕事中なの」


 そう言う問題じゃないと低く言ったジョリーは頭を抱え、取引先のファイルを捲り始めた。何だかんだ言いながらも手を尽くそうとしてくれるのが本当に頼りになるんだよな。

 無理な注文をしているのは重々承知だが、こればかりは譲れない。


 俺たち魔術師は術式を発動させる前に体内で自身の体内魔力を練り上げ、触媒を通して発動することで効率化を図る。最小限の魔力で最大限の効果を発揮するには、魔力の質や扱う魔法の系統に合わせて、触媒に適切な魔法石を選ぶ必要がある。妥協は出来ないわけだ。


「原石は手に入らないのか?」

「それも一苦労だな。引き受けてくれるやつがいるかどうか」


 ぱらぱらとファイルの捲れる音が虚しく響く中、髪を飾られて上機嫌な顔をしたビオラが俺の横の椅子に腰を下ろした。

 

火蜥蜴サラマンダーの一匹でも倒せば良いのじゃろ?」

「その火蜥蜴はこのマーラモードにはいないんだよ。いたとして、退治するのもそう簡単じゃないしね」

「ふむ。ではどこにおるのじゃ?」

「一番近いとこだとロックバレスにある落ちた遺跡カデーレ・ルイーナだが……」


 そこまで言いかけたジョリーは、ファイルから目を放すと、頬を引きつらせてビオラを見た。

 勝気な笑顔を浮かべたビオラがにいっと笑う。


「ラス、ロックバレスとやらに連れて行ってたもれ!」


 そう言うと思った。

 深々とため息をつきながら、それしか手段はなさそうだと察した俺は頷くしかなかった。

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