5-2 「まさか、ベッドは同じじゃないよな?」

 クッキーとティーセットを持ってきたリアナに手招かれたビオラは、カウンターから少し離れた応接セットに向かった。

 丁度いい。もう一つ、ジョリーに頼むことがあった俺は、二人に背を向けてカウンターの椅子に腰を下ろした。

 

「んで、完全な解放のための目処は立っているのか?」

「それなんだが、頼みたいことがあるんだ」

「……お前、無理難題し言わないからなぁ」


 実に嫌そうな顔をしたジョリーだったが、ティーカップを持ってきたリアナが「お兄ちゃん!」と語気を強くすると、慌てた様子で仕事の話をするから席を外すようにと言った。

 手を合わせて懇願までしている様子を眺めながら、俺は花柄のティーカップに注がれた紅茶に口をつけた。


 花の香りのような穏やかな芳香に目を閉じると、リアナのご機嫌とりをするジョリーの声が耳に届いてくる。全く優雅なティータイムと無縁だが、この空気は嫌いじゃない。

 目を開けると、リアナが席を外すところだった。

 ジョリーが取り繕うように咳払いをし、俺はカップを受け皿に戻した。


「これから、解除に至らなかった部分を再検討する」


 テーブルに置いた鏡は、五つの魔法石が失われたままだ。あの日、俺が無理に当てた代替の白い魔法石は全て砕け散った。適切な石でなかったことを意味するのか、そもそも刻まれた術式を誤っていたのか。割れた理由はどちらか、あるいは両方だ。


 それを確かめる手っ取り早い方法は、魔法石を持たされて雲隠れした魔術師たちの末裔まつえいを探し出すことだ。しかし、そう簡単ではないだろう。


「ビオラ自身は解放できたが、彼女の時間の一部と本来の魔力が閉ざされているんだと考えている」

「ビオラちゃんの時間?」

「あぁ。彼女に経験や記憶はあるんだ。それが全てかは分からないが……彼女が幼女になったのは、一部の時間を解放できなかったことから起きた不具合バグだろう」

「なるほど。だから、ビオラちゃんはどこか大人びているのか」


 大人びているというか、大人だろうからな。なんなら、俺らよりもシビアな戦争や陰謀に加担してきたことで、考え方はもっと厳しいようにも思える。


「魔法も使える。ただ、あの体に蓄積できる魔力が少なくて、本来の力を使おうとすると、無茶な魔力錬成をして熱暴走や枯渇を引き起こすんだ」

「……なに、ビオラちゃんってそんな凄い魔女なの?」

「本来の力は俺より凄い。だから、五百年前に封印されたんだろ」


 鏡を指させば、ジョリーも納得したようだ。

 五百年前のネヴィルネーダの騒乱で、我が子を逃がすために封印したなんて話がある。しかし、追い詰められて抵抗する強力な魔術師、魔女が封印された話も多い。


 当時の魔法文化と現代を比べたら雲泥うんでいの差だろう。

 そもそも魔術師の数だって少ないし、体内で膨大な魔力を練り上げられる奴は、そう多くない。魔法文化が衰退する中で発展した科学技術と魔力というエネルギーが結びついたことで、歴史が大きく動いたためだろう。

 人々は体内で魔力を錬成しなくても使える魔法具を生み出して量産するようになった。そのおかげで、魔術師は減っていき、魔力と言うのはただのエネルギーという認識が広まった。


 体内魔力って言うのは、体力や筋力と同じで使わなければ成長もしないし弱まる。弱い魔力の両親から生まれた子どもも、基礎能力が低下する傾向にある。


「そんな魔女に力を戻して良いのか?」


 鏡をじっと見たジョリーは渋い顔をして尋ねてきた。

 当然の不安だろう。

 どう頑張っても、この現代で本来のビオラに敵う人間はいないだろうからな。よほどの先祖返りでも起きれば話は別だが。現段階で俺が知る限り、ビオラが完全復活したら、彼女に敵う者はいないだろう。


「……だけど、そうなるとビオラはこの先もあのままかもしれない」


 もしかしたら、老いることもないかもしれない。時間の一部が封印されている状態で、彼女が再び成長するかどうかは分からない。鼓動もある、体温もある生きてはいるのだから成長はするだろうが、確証はないんだ。


「それに……」


 右手を見つめた俺は、約束したからなと低く言葉にした。

 俺は、もしかしたらこの地上にいきるもの全ての驚異となる者を復活させようとしているのかもしれない。ジョリーやリアナ、婆さんや町の皆を裏切ることになるのかも。

 胸の奥がわずかにざわめき、気持ちを納めようとカップを手にした。


「ふむ。そういうことか」

「そういうこと?」

「ま、良いんじゃないか? お前がやりたいようにやれば。ビオラちゃんも、お前になついてるようだし、そんな悪い方にいくとも思えないよな」

「懐いてるって……あの見た目で、俺らとそう年齢は変わらないって──」

「見た目は幼女、中身は大人。そんな魔女と一つ屋根の下で生活か……お前、やばい趣味に走るなよ」


 一瞬、ジョリーの言ったことの意味が分からず、紅茶を啜った俺はしばらく押し黙った。ややあって、目が合うと意味深ににやりと笑みを向けられた。


「まさか、ベッドは同じじゃないよな?」

「は? 当たり前……バカか、お前は!」

 

 いくらかの間を置いて、言われている意味が分かって思わず声を荒げた。

 

「いやぁ、性癖ってのは色々あるからな。俺も幼女は目の保養だと思う。だけど、手を出すかって言うとそうじゃないだろ。聖域は守るべきものであって──」

「くだらないことをほざく暇があったら、仕事の話をしようぜ!」

「なんだよ。せっかく、お前も幼女の良さが分かったのかと思ったのに」

「分かるか、んなもん!」


 にやにやと笑うジョリーは、冗談はさておきと言うとカウンターに両肘をつくと、手を組んで少し身を乗り出した。


「俺に何をさせたいんだ?」

「……五百年前に鏡の魔法石を渡された五人の末裔を探し出して欲しい」

「それって解体ジャンク屋の仕事じゃないからな」


 息を整えた俺が告げると、ジョリーは項垂れた。

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