第五章 魔法石を求めて
5-1 封印の鏡は誰のもの? とりあえずジョリー、お前のものじゃない!
ビオラを連れてジョリーの
「この間の、エドガー・ティーグの件か? 調べ上げるのは骨が折れたが、きっちり報酬はもらって──」
「それは助かった。けど、そうじゃない」
「じゃぁ、何だよ」
カウンターの向こうで捲っていた帳簿を閉ざしたジョリーは首を傾げると、俺のすぐ横にビオラがいることに気づいたようだ。その顔面筋が一瞬で緩み、声を少し高くして「いらっしゃい」と言いながら手をひらひらと振った。
デレまくるジョリーに対し、ビオラは表情一つ変えずに口を開く。
「すまぬが、鏡を譲ることは出来ぬ」
突然告げられたジョリーは、まるで時が止まったように動きを止めた。微動だにしないその姿を不思議に思ったのだろう。首を傾げたビオラは俺を見上げるが、それには肩を
ややあって、ジョリーは引きつった笑顔を浮かべた。
「……今、何て?」
「ふむ、聞こえなかったかの。そなたに、封印の鏡を譲ってやることは出来ぬ。許してたもれ」
改めてそう告げたビオラは、これだと言わんばかりに、肩かけの鞄から封印の鏡を取り出した。
ジョリーはしばらく酸欠の鯉のように口をぱくつかせたが、勢いよく俺を振り返った。
「どういうことだぁ、ラス! 説明しろぉっ!!」
今にも噛みつきそうな顔は鬼気迫るものがあり、その目には涙が浮かんでいた。
まぁ、気持ちは分からなくもないが、こちらにだって事情があるんだ。
封印の鏡は、メナード家の書物で調べたところ、
すでに魔法石が三つ、鏡に戻されている経緯を夫人たちも伝え聞いていなかったが、ひとまず、ビオラの力を取り戻すなら残りの魔法石を探し出すしか道はなさそうだと結論づいた訳だ。
「と言う訳で、この鏡がないとビオラが困るんだ」
「俺の鏡!」
「いや、お前のじゃないだろう」
「依頼が済んだら交渉するって言っただろうが!」
「だから、事情が──」
ビオラが鏡に封じられていた当人であること、力を戻してやりたいと考えていること、そして、多くのことを隠していたのはジョリーたちを巻き込みたくなかった為である等を、掻い摘んで話した。その為、俺たちの事情は分かってくれたのだろう。
話をしている間、百面相かと突っ込みを入れたくなるほど、表情を変えていたジョリーは頭を抱えて髪をかき乱した。分かりながらも私利私欲の感情と戦っている、そんなところか。
バンッと事務所に通じるドアが開け放たれた。
「お兄ちゃん、煩いんだけど!」
「俺の、鏡……五百年前の遺物……」
「もう、また訳の分かんないこと……って、ラス。それにビオラちゃんも来てたの!?」
鬼の形相で現れたリアナがぱっと顔を赤らめた。
「まーた、ラスに迷惑かけてるの?」
「俺が迷惑かけられて……」
「つべこべ言わないの! もう、お茶も出さないで! ビオラちゃん、クッキー食べる?」
「良いのかの?」
「遠慮しないで。今日、いっぱい焼いたの!」
リアナにそう言われ、ぱっと笑顔になったビオラは、ちょっと待っているよう言われると、そわそわしながら俺を見てきた。
「食いすぎて、夕飯残すなよ」
「分かっておる。
クッキーに釣られる大人がどこにいるんだ。
ふんすと鼻息を荒くしながらも、クッキーを心待にしているビオラに、俺はため息をつきそうになりながら、もう一人のどうしようもない大人に視線を向けた。
妹に怒鳴られ、ジョリーは失意の底だと言わんばかりにカウンターに顔を伏せてしまっている。
ビオラをつついて、用意しておいた台詞を言うよう急かすと、一瞬、きょとんとされた。こそこそと「ほら、お願いしとけ」と耳打ちすると、そうだったと言わんばかりに、小さな咳払いをされた。
「妾が力を取り戻したら、その時は、この鏡を譲るゆえ、今しばらく待ってはもらえぬか?」
背伸びをしてカウンターに手をついたビオラはジョリーをじっと見つめた。
しばらくして僅かに顔を上げたジョリーと視線が合うと、その大きな瞳をぱちぱちと瞬き、少し眉を
これは、ジョリーが女子どもに弱いのを分かっていてやっているとしか思えないな。
ジョリーはと言えば、頭を一度カウンターにゴンっと叩きつけ、しばらく動かなくなった。
「おい、ジョリー、大丈夫か?」
「……分かった」
「お、おう?」
「ビオラちゃんのお願いじゃ、仕方ない! ただし、鏡の封印を完全に解いたら、全ての魔法石付きで俺に売ると約束してもらうぞ!」
顔を上げたジョリーの額は、うっすら赤くなっていた。
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