4-11 暴食の魔女の思いと新たな目的

 豪華なベッドの上で、ビオラはいつもと変わらない表情で話し始めた。


「話しておらなかったの」

「……そうだな」

「驚かしてしまったの」

「驚かすって言うか……まぁ、驚いたが」

「すまぬことをした」


 ぺこりと頭を下げたビオラは「しかしの」と呟く。


「一応、暴食の能力は極秘での」

「極秘?」

「そうじゃ……暴食は魔法ではない。妾が持って生まれた能力じゃ」


 顔を上げたビオラは少し俯いたまま、自分の小さな手を見つめた。僅かに震える指を握りしめ、再び口を開く。

 

「お主からしたら、昔話になるがの。貴族たちは妾を使いのし上がり、国は敵国に打って出たのじゃ……ネヴィルネーダはそうして大きくなっていった」

「ビオラの能力を使って、邪魔者を排除していったのか」

「そうじゃ。魔力を食ろうて弱らせたところに奇襲をかける。何とも下衆なやり方よ」

「そう思うなら手を貸さなければ良かっただろうが」


 俺だったら、逃げ出していただろう。いくら強い力を持っていようと、他者を陥れるようなことを続けていれば、いつか自分に返ってくるものだ。だからビオラは封印されるなんて結果を招いたともいえる。自業自得の結果と言えばそうなのだろう。


 しかし、ベッドの上で厳しい顔をするビオラの横顔を見ると、どうも釈然としない思いが浮かんだ。付き合いは短いが、彼女が望んで他者を陥れるような生き方をするとは思えなかった。

 ビオラは小さく息をついた。

 

「妾の育ての親である魔女が囚われての……言うことを聞かねば、どうなるかと脅され、どうすることも出来なかったのじゃ」

 

 強く握られた拳が小刻みに震えていた。

 その姿に、母を亡くした小さな自分が重なった。そして、その肩をそっと抱くように寄り添う師匠の姿がまざまざと浮かぶ。

 そうか。ビオラは幼い俺なんだ。孤独から逃れようと、必死に師匠の背中を追い続けた俺。


「あの人はどうなったのかの……生き延びたのであろうか」


 ビオラの問いに答えるすべはなかった。

 訪れた沈黙の中が、俺は幼いころに習った魔法の歴史を思い出す。


 魔法の転換期となった五百年前のネヴィルネーダの騒乱は、記録がほぼない。断片的に御伽噺おとぎばなしとして、多くの魔術師、魔女が殺されたり封印されたと伝えられている。その確証となるものを探している歴史研究家もいるが、なかなか新事実は見つかっていない。

 ビオラの育ての親である魔女の痕跡も見つかるかどうか──

 

「……探すか?」


 沈黙に耐えかねて出た一言に、ビオラは勢いよく振り返った。


いのか?」


 震えながら尋ね返され「ついでだ」と言い返せば、そのつぶらな瞳が瞬かれた。


「お前の本当の力を取り戻す方法を探す、ついでだ」

「……本当の力?」

「忘れたのかよ」


 右の掌をつき出した俺は口元を緩めながら息をついた。


「契約しただろ? お前の力を取り戻すって」

 

 まるで指輪のように人差し指の付け根にぐるりと刻まれた紋様。それを見たビオラは何度か頷くと、ベッドを飛び出して俺に飛びついた。

 小さな体を抱きとめつつ、また余計な仕事を増やした自分にため息をついた。だけど、あんな思い詰めた様子を見て、放っておけないだろう。


「やはり、ラスは頼りになるの!」

「言っておくが、見つかる保証はないからな」

「分かっておる!」


 上げられた笑顔の中で、赤い目は強い意志を湛えて輝いていた。

 その豊かな髪をくしゃりとかき混ぜるように頭を撫でれば、ビオラは何を思い立ったのか、俺に背を向けて膝に座った。


「髪を結んでたも!」

「なんだよ、急に」

「この髪では外に出られぬ! 妾ははよう、家に帰りたいのじゃ」

「おい、膝の上で暴れるな!」


 声をあげて騒いでいると、ドアがノックされてダグラス・メナードが姿を現した。母のシェリー夫人、弟のウィニーとミラベル夫人も一緒だ。


「ずいぶん元気になられましたね」


 にこりと笑ったダグラスは、立ち上がろうとした俺をにそのままでと言って姿勢を正すと、深々と頭を下げた。そのすぐ傍でウィニーも、夫人たちも頭を下げる。


「ラス殿、ビオラ嬢、この度は我がメナード家のいさかいを解決に導いていただき、ありがとうございました」

「頭を上げてください。俺は、あなたの依頼を受けて働いただけですよ。それより、お互いの誤解は解けたんですか?」


 聞くまでもないのは分かっていたが、念のため訊ねると、顔を上げた一同は少し照れ臭そうな笑みを浮かべた。


「ラス殿は、メナード家の恩人です。今後、何かお困りのことがあれば、遠慮なく尋ねてください」


 そう言って、ダグラス・メナードは家紋の刻まれた銀の指輪を俺に差し出した。

 貴族の紋章が刻まれた装飾品は、それだけで大きな効力を持つ。それをたまわるということは、貴族の後ろ盾を手に入れるということだ。しかし、同時にその貴族の所有を意味する場合もある。

 果たして、二つ返事で受け取って良いものか。

 

「これは、あなた方をメナード家に縛るものではありません」


 受け取るのを渋っていると、ダグラスは俺の手を取った。


「むしろ、あなた方の自由を保障するものになるでしょう」


 握らされた指輪が、やけに冷たく感じた。手を開いてそれをじっと見ていると、ビオラが「貰っておけ」と言って、俺を見上げてきた。


「ラス、お主の邪魔をする者は妾が食ろうてやるから、安心せい」

「……それはなしだ」


 思わず苦笑を零し、もう一度指輪を握った。


「ありがたく、頂戴します。それと、さっそくで申し訳ないのですが──」


 婦人たちの方に視線をずらした俺は、ビオラの封じられていた鏡にまつわる話を伝え聞いていないか尋ねた。

 ビオラの育ての親を探すにしろ、本来の力を取り戻すにしろ、まずは五百年前のネヴィルネーダに繋がる情報を集めるしかない。

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