4-10 暴食の魔女が食らうものとは……
ビオラが目を覚ましたのは、倒れてから丸一日後のことだ。
責任を感じたダグラス・メナードの申し出もあり、俺たちは屋敷に滞在している。
ビオラが目が覚めた
その時のことを当人は覚えていないのだろうか。今はベッドの上で何事もなかったような顔をし、豪華なブランチを食べている。
「あやつはどうなった?」
食べながらビオラが尋ねてきたのは、エドガー・ティーグのことだろう。ヤツはビオラが眠っている間に、海洋都市マーラモードの警備を担う役人に引き渡されている。
目が覚めた時の第一声が「腹が減ったぞ」だったの呆れる話だが、よく食べながら事件の話を聞きたがるもんだ。
「エドガー・ティーグなら、大人しく取り調べに従っている」
「なら、本当のエドガー・フルトンのことも喋ったのじゃな?」
「……レートン地方にある屋敷の地下に監禁したそうだ」
「監禁? 死体を隠したの間違いじゃろ。妙な言い方をするの」
ものを食べている時に死体という単語を聞くのも気分が悪いだろうと思い、気を遣ったと言うのに、ビオラはさらりと言った。
ベッド横の椅子に腰を下ろし、俺は深い息を吐く。
むしゃむしゃとソーセージに嚙り付く無邪気な顔と、シビアな会話が
しかし、なぜエドガー・フルトンがすでに亡き者だとビオラは分かったのか。不思議に思って首を傾げると、彼女は俺の疑問を察したらしい。
「言ったじゃろ? 外法の匂いがすると」
「そう言えば……それって何なんだ?」
「変化の魔法は大きく分けて二つある」
「二つ? 俺が知ってるのは、種族変化だけだが……」
「一つはそれじゃ。人が獣人族や妖精族の見た目を真似て形を変える魔法で、種族知識があればそう難しくないの」
湯気を立てるスープカップにスプーンを入れ、ゆっくりとかき回しながらビオラは話し始めた。
種族変化は変装にも近く、そう大きな魔力を必要としない。その為、潜入や調査の仕事で役人がよく使う魔法の一つだ。犯罪者も逃げる時に使うことがあるが、本来、
「もう一つが外法じゃ。特定の人物の記憶、姿を手に入れる魔法じゃ。相手が死んでなければ完成せぬ」
「殺した上で記憶も姿も奪う魔法……聞いたこともないが、犯罪にしか使いようがなさそうだな」
「そんなことはない。死んではならぬ者を
「死んではならない……」
「王族じゃよ。戦が絶えなかったからの。王を失うのは国として致命傷じゃ」
突拍子もない話だったが、五百年前と言えば大陸は今よりも国が分裂して争いが絶えなかった時代だ。時代背景を考えれば、長の命を繋ぐのにそう言った魔法があってもおかしくはないのだろう。本人に成り代わって演じなければならないのは、骨が折れそうだが。
エドガーは、どういった経緯か分からないがその禁忌の魔法を手に入れて悪用していたのか。
「それよりマーサーの姉のこと、きちんと白状させたのじゃな?」
「あぁ、白状したよ」
それは偶然だったそうだ。元の姿に戻るところを見られ、声を上げられそうになったため口を塞いだが、逃げ出そうとして暴れため縄で絞めて──
「そうか。妾がせっかく命を助けたのじゃ。しっかりと罪を償わってもらわねばの」
「そうだな」
ビオラの言葉に頷きながら、人が変わったように土下座をしていたエドガーを思い出した。役人の取り調べでも大人しく供述しているようで、鏡をシェリー夫人に持ち出させたことや、屋敷を乗っ取ろうとしていたことも語り始めたそうだ。
全て丸く収まるまで多少の時間がかかるだろうが、もしかすると、予想よりは早く解決するかもしれないな。
メナード家の騒動に関して、ビオラは特に興味がないようで、掻い摘んで話すも大した反応を見せずに黙々と食事をしていた。
最後に残った果物を食べ終えるころには話すこともなくなり、沈黙が訪れた。
「ふぅ……さすが、これほどの屋敷で出される食事じゃの」
「いい料理人がそろっているだろうからな」
「うむ、そう言う味じゃの。けど──」
一息ついたビオラは摘まれたクッションに体を預けると「妾はラスの料理の方が好きじゃ」と言って笑った。
嬉しいことを言ってくれる。そう思いながら、俺は一瞬浮かべた笑みを消すと、口元を引き締めて彼女に向き直った。
「なぁ、ビオラ。聞いていいか?」
「何じゃ、改まって」
「……暴食の魔女って何なんだ? 俺は、お前が暴食の魔女じゃないと思っていたんだ」
暴食の魔女の身代わりになって封印されたのではないかとも考えた。だが、封印を解いた時に現れた女の魔力は本物だった。彼女と目の前にいる
それでも、ビオラが伝説の悪女である暴食の魔女だとはい今でも思えない。
「……あの時、お前は確かに言ったよな。少々食べ過ぎたって」
「そうじゃの」
「何を食べたんだ?」
それを知ったら、今の関係ではいられなくなるのかもしれない。そう考えなかったわけでもない。
慕ってくれるビオラとの関係を崩すのは
ふむと頷いたビオラは、特に表情を変えずにその小さな口を開いた。
「妾が食らうは、魔力じゃ」
にこりとも笑わず、ビオラはあっさりと答えた。
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