4-7 三下悪党ほど吠えるもんだ。思う存分、吠えてもらおうか。

 エドガー・フルトンの顔に浮かぶ笑みは、貴族の品性を欠片も残さない下卑げびたものだった。


「私に手を出せば、この娘がどうなるか分かっておるな!」

「見事な三下の台詞じゃの。恥ずかしくないのか?」

「黙れ、小娘!」


 ビオラの喉に腕を回すようにして抱えたエドガー・フルトンは、さすが下衆げすの極みといったところか。その腕に力をいれ、ビオラを黙らせた。

 夫人たちから、悲痛な叫びが上がる。それを無視して、勝ち誇った顔を俺に向けられても困るのだが、さてどうしたものか。

 

 今が奥の手というやつの、使いどころかもしれない。エドガー・フルトンの歪んだ笑みを見ていると、そう思えた。

 その仮面えがおいつまで維持できるか、見物だな。


「大陸で名が知れる魔術師にエドガー・ティーグって、奴がいてな。あんたと同じ、エドガーだな。しかも出身はレートンときてる」


 エドガー・フルトンの頬がひくりと引きつりを見せた。

 突然の話題に、シェリー夫人は困惑の表情を浮かべてダグラス・メナードと顔を見合わせるが、彼は分からないというように頭を振る。

 それもそうだ。これから話すのは、彼らも知らない事実だ。


「おいおい、顔色が悪いぜ。大丈夫かい?」

「……世迷いごとを言うなと、呆れているだけだ」


 にやりと笑うと、エドガー・フルトンは小さく舌打ちをし、不快さをあらわにした。


「そうかい。なら、もっと面白い話をしようじゃないか! エドガーの得意な魔法は変化。その姿形を変えて田舎の貴族を食い物にするって、どうしようもねぇ下衆だ」

「……くだらぬ。黙れ、若造」

「大陸で名が知れてるってのは、当然、悪名だ。な悪党ってやつだよ」

「黙れと言うのが分からぬか!」

「あんたのことだろ?」


 シェリー夫人とダグラス・メナードの口から、驚きの声が零れ、脂汗をかく男を見定めるように凝視した。

 いくつもの好機の眼差しの中、男は震えていた。

 

「私は、エドガー・フルトンだ!」


 怒声を上げたエドガーは腕に力を込め、ビオラに向かって「暴食の魔女!」と叫んだ。


「今すぐ、あの若造の喉元を切り裂いて食らえ!」

「なぜ、妾がそのようなことを、せねばならぬのじゃ?」


 苦しげに答えながらも、ビオラは何一つ狼狽いおろたえていない。首を絞められていても怯えを欠片も見せず、口元を吊り上げて笑っていた。

 

「お前の鏡は我が手中にあること、忘れたか!」

「確かに……その鏡は返してもらわねば困るの」

「なら、今すぐヤツを殺せ!」


 怒りに顔を赤くしたエドガーは、ビオラをタイル張りの足元に叩きつけるよう、放り出した。


「ビオラちゃん!」

 

 俺の背に隠れていたマーサーが叫び、夫人たちは悲鳴を上げて顔をそむけた。メナード兄弟も怒りをにじませて何をすると異口同音に叫んだ。

 しかし、彼らの声は吹き上がった風に巻き上げられ、木々のざわめきにかき消された。

 

 吹き荒れる風はバラの香りと花びらを巻き上げ、全員の視界を遮る。

 彼らが次に目を開けると、いくつもの魔法陣が浮かび上がり、エドガーの周囲で輝きを放っていた。その中でもっとも大きな魔法陣の上に、ビオラは何食わぬ顔で立っていた。



 ビオラは髪に着いたバラの花びらを払い、ふうっと息を着くと俺を振り返った。


「ラス、妾はそろそろ我慢の限界じゃ。このれ者をこらしめてたも」

「そうだな……エドガー・ティーグ、あんたは三つの過ちを犯した」

「私は、エドガー・フルトンだと言っているだろう!」

「あんたが本物のフルトン卿なら……これから与える魔法は全て無効となる。心して受けな」

 

 杖の先でエドガーを指し示した俺は、次に、一つの魔法陣へと意識を向け、再び言葉を紡いだ。

 

「エドガー・ティーグ、あんたは三つの過ちを犯した」


 魔術師にとって、名とは何よりも強い証のようなものだ。この世に生を受け、初めて授かった名の持つ力は何よりも強い。それは、いくら姿形を変えようとも、捨てようとも、心の奥に刻まれている。

 そこに与える断罪。心して受けるんだな。

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