4-5 エドガー・フルトンは誰からも好かれていないようだ。

 遅れて現れたエドガー・フルトンはウィニー・メナードどミラベル夫人の姿を見ると、眉をひそめた。

 エドガー・フルトンは五十五歳だと聞いていたが、眼光も鋭く、まだ壮年期にも負けない現役といった雰囲気の男だ。あまり人に好かれる雰囲気ではなさそうだ。


「シェリー、お茶会に呼ぶ相手を間違えているんじゃないか?」

「そ、それは……」

「私がお呼びしました。お茶会に家族を呼ぶのに、何の不都合がありますか?」

 

 震えるシェリー夫人の前に進み出たのはダグラス・メナードだった。その背に隠れたことで、夫人は小さく安堵の息をつく。

 この場は、楽しいお茶会とは縁遠い空気に包まれた。


 シェリー夫人とエドガー・フルトンが結託してミラベル夫人とウィニー・メナードを蹴落とそうと企んでいる。俺はそう想像していた。

 実際は、そうではないのかもしれない。


 結託どころか、エドガー・フルトンは誰からも歓迎されていないように見える。しかし、彼は誰よりも立場が上にあるような振る舞いをしているのはどういうことか。

 何がそうさせているかは分からないが、ヤツの化けの皮を剥がせば、メナード兄弟の仲を修復するのは難しくなさそうだな。


 俺が一同の様子を伺っていると、エドガー・フルトンはダグラス・メナードに見下すような視線を向け、ふんっと鼻を鳴らして顔を巡らせた。

 

「まぁ、良い。しかし……それであれば、家族以外がここにいるのはどういう事だ?」

「私のを招きましたが、問題でも?」

「友人……?」

 

 冷ややかな声が響き、エドガー・フルトンの視線は東屋パーゴラの中に向けられた。値踏みをするようにじろりと俺たちを確認する。

 咄嗟とっさに俺の後ろに隠れたマーサーが小さく震えていた。目を見開き、顔面蒼白で何かに怯えているように見える。それに視線を向け、小さく「見覚えがあるか?」と尋ねれば、カチカチと歯を鳴らして何かを訴えようと俺を見上げてきた。

 しかし、声が出ない。


 話せないように魔法を仕込まれているのかもしれない。そうだとすると、用意周到な男だな。

 マーサーの髪をくしゃりと撫でて「大丈夫だ」と気休めの言葉を投げ、俺はエドガー・フルトンを真っ向から見据えた。

 

「いつからお前の友は、平民どもに成り下がったのだ?」

「私の友人を愚弄ぐろうするのはおやめください」

「ふんっ、そこの男には見覚えがあるぞ。と言ったか? 人の宝をかすめ取って金儲けをしている、せこい魔術師だろう?」

「フルトン卿!」


 あまりの言いように、カッとなったダグラス・メナードが声を荒げた。それに反し、エドガー・フルトンは微塵も動じることなく、俺を見ている。

 当然だが、俺も委縮すること気は毛頭ない。

 パーゴラの入り口を背にするように、俺は前に進み出た。


「くくっ、凄い言いようですね。まぁ、人様の宝の封印を解いているのは事実ですが。きっちり了承を得て契約を交わしての商売です。掠め取るとは……もしや、フルトン卿はちまたの詐欺まがいの店でも尋ねましたか?」

「なんだと?」

「ご挨拶が遅れました。丘の上でを営んでいるラスと申します。あぁ、封印の解除以外にも、魔道具の修理や古い魔術書の解読など、魔法に関わること全般をお引き受けしています」


 営業スマイルを浮かべ、さらに一歩前に進み出る。


「質の悪い魔術師と一緒にされるのは心外だが、金さえ出してくれたら、その報酬分の仕事はきっちりこなすんで、以後お見知りおきを」

「ふんっ、金に群がるハイエナのような奴だな」

「フルトン卿!」

「はははっ! それは良い! 奴らは群れを作って狩りもする賢くて強い動物だ。それに、食い物を粗末にしない。あんたら貴族とは違ってな」

「下らんな。下等な動物と並べられて喜ぶなど、やはり、下賤げせんな輩だ」


 気分を害したと言いたげなエドガー・フルトンは身を翻そうとした。その時、俺の後ろに視線を向けて動きを止めた。マーサーの姿を目にしたのは歴然。

 くすんだ空色をした瞳が見開かれた。顔面がひくひくと痙攣したかと思うと、ずかずか大股で近づいてきた。


「なぜここに、薄汚い貧民街の子がいる!」


 俺の肩を掴んだエドガー・フルトンは、マーサーに手を伸ばした。

 皴の刻まれた大きな手に怯え切ったマーサーが身を縮めるようにして丸まった。その時だった。


「余裕がなくて、見苦しいの」


 ベンチで一人ケーキを堪能していたビオラが覇気のない声でぼやいた。それに、手を止めたエドガー・フルトンは鬼の形相で首を巡らせた。


「なんだ、この礼儀のなっていない娘は」

「礼儀じゃと? 客をないがしろにするような、名ばかり貴族に言われたくはないの」


 ぺろりと口についたクリームを舐めたビオラは、ベンチからぴょんッと降りると、警戒心皆無でエドガー・フルトンに近づいた。そして、彼を見上げると、相変わらずの尊大な態度で口元に笑みを浮かべる。

 クリームが残ったままの顔では、全く格好がつかないな。ため息をつきたい気持ちを堪え、いつまでも俺の肩を掴んでいるエドガー・フルトンの手首を握った。

 これで、どこにも逃げようがないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る