4-4 無邪気なビオラとバラの東屋

 ビオラの声がする方に入っていくと、ひときわ美しい薔薇に覆われた東屋パーゴラがあった。そのすぐ傍には花に彩られた小川と、それを渡る橋まである。

 小さな庭園は遊び心いっぱいで、いかにも貴族の子女が喜びそうな作りだ。


 東屋の傍に用意された白いテーブルセットだけでなく、中に置かれた猫足の洒落しゃれたテーブルの上にも茶菓子やサンドイッチの並んだスタンドが配置されている。

 よく見ると、東屋の中に用意されているものは、小ぶりなものが多い。子ども達のための席といったところか。よく見れば、食器カトラリーも小さなものが用意されている。

 貴族の気配りとは細かいんだな。


 ふと、家でビオラに飯を食わせた時を思い出した。

 子ども用の食器があるわけもなく、ビオラにも大人用の食器を出したが、当人は気にする様子を見せることなく使っていた。

 よく考えれば、あの小さな手と口では使いにくかっただろう。

 

「ふかふかじゃぞ!」


 物思いにふけっていると、東屋の中でビオラが歓声を上げた。

 覗き込むと、中にはベンチが備えづけられている。そこに敷かれているクロスは手織りだろう、いかにも高級そうだ。さらに並ぶクッションも細かな刺繍が施されている。これらも、おそらくオーダーメイドの品々だろう。


「ラスの家とは大違いじゃ」

「悪かったな、庶民で」


 ベンチに座ってクッションを抱えたビオラは、満足そうな顔を柔らかなそれに埋めた。

 五百年前は贅沢な暮らしをしていたのだろう。こういった高級そうなものの方が肌に合うのかもしれないな。


「あらあら、気に入ってくださって嬉しいわ」


 静かに近づいてきたシェリー夫人は、微笑ましくビオラを眺めると、俺の後ろで困惑しているマーサーに声をかけた。


「坊ちゃんのお名前は何かしら? ラスさんの息子ではないのよね?」

「えっ、あ、あの……」

「母上、彼は私の友人の弟ですよ」

「ご友人? その方は今日、ご都合が悪かったのかしら?」

「えぇ……残念なことに。ですが、彼をよろしくと頼まれましてね。マーサー君、遠慮せず、中に入ってごらん」


 ダグラス・メナードが穏やかに微笑むが、マーサーは俺の腕をぎっちり握ったまま、首を横に振った。

 かたくなな態度も当然か。

 庭で開かれるお茶会も初めてだろうし、並ぶ菓子は見たこともないものばかりだろう。俺だって、お茶会なんてのは初めてで、内心、気後れしそうだからな。

 やれやれと思い、マーサーの手を引いて東屋に入った。


「ビオラ、マーサーを頼むぞ」

「うむ。任されてやろう」

「マーサー、食器も高価だからな。気をつけろよ」

「……ラスさん、さっきから、俺に何の恨みがあるんですかぁ」

「恨みなんかないが、今から借金をこさえるのは嫌だろ?」


 にやりと笑うと、ビオラの横に座ったマーサーは口を引き結んで不満そうな顔をした。


「マーサー、皿一枚割ったくらいで気にすることはないぞ。その時は、ラスが弁償してくれるに決まっておる!」

「決まってねぇよ」

「なんと。小さい子どものちょっとした粗相そそいえを怒るような、狭い男じゃったのか?」

「そもそも、物を手荒に扱わなきゃ、割れることはないだろう」


 くだらない言い合いをしていると、東屋を覗き込んだミラベル夫人が「微笑ましいこと」と懐かしそうに呟いて笑みを浮かべていた。

 もしかしたら、彼女はマーサーに息子ウィニーの幼い姿を重ねているのかもしれない。あるいは、ビオラとマーサーの様子に、我が子とダグラス・メナードが仲良かったという日々を思い出しているのだろうか。


 どこかで小鳥のさえずる声が響き、風に揺れたバラの花が優しい芳香を漂わせた。

 

 それにしてもおかしい。

 このお茶会の主役であるエドガー・フルトンがまだ姿を現していない。全員集まらなければ意味がないのだが。

 ちらりとダグラス・メナードに視線を向けると、彼はこちらの意図を察したようだ。彼が小さく頷いて後方を振り返った。その直後だ。その穏やかな表情が一瞬にして緊張に彩られた。

 

 茂みの間から、背の高い初老の男が姿を現した。白髪が混じる栗色の長髪は後方で結ばれ、男の歩みに合わせて毛先が揺れた。


「待たせてしまったかね」


 低く通る声に、一瞬だが、一同が緊張の色を見せた。

 いそいそと動いていたメイド達だけでなく、ミラベル夫人とウィニー・メナード、さらに、シェリー夫人までもが緊張に表情を強張らせた。

 役者はそろったと言う訳か。

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