4-3 貴族の屋敷は高価な美術品で溢れている
俺はビオラとマーサーを連れてメナード邸を訪れた。
執事やメイドを伴って出迎えてくれたダグラス・メナードは、俺の店に訪れた時よりも上質な背広姿で、貴族として申し分ない立ち振る舞いを見せた。
レディファーストというやつか。小さなビオラまで
広い廊下の壁には絵画が飾られ、花瓶に色とりどりの花が活けられている。
どの絵画も名の知れた作家のものだろう。年代物と思われるものから、独創的で理解できそうにないものまである。ジョリーを連れてきたら、目を輝かせそうだな。
花瓶からも高級感が漂っている。この廊下にある絵画と花瓶だけで、いったい
「マーサー、花瓶に触れるなよ。それ一つで、金貨何枚消えるか分からないぞ」
豪華な廊下にきょろきょろしながら歩いていたマーサーの耳元で忠告してやると、ひぇっと小さな悲鳴が上がった。
すっかり萎縮したらしいマーサーは、慌てて俺の腕に引っ付いてきた。
「歩きにくいだろうが」
「だ、だって、金貨なんて、僕、もってないし」
「近づかなきゃ割れねぇよ」
「で、でも! この廊下の絨毯、何だかふかふかで、歩きづらくて」
絨毯の上を歩くなんてのは、庶民からしたら珍しいことだから、気持ちが分からなくもない。だが、くっついて歩いている方が危険だ。
マーサーを引き離そうとしていると、前を歩いていたビオラとダグラス・メナードが足を止めて振り返った。
「お主らは何をやっておるのじゃ?」
「ビオラちゃん! ラスが、花瓶は金貨何枚もするって言うんだよ」
「そうじゃろな」
「なんで平気な顔をしているの!?」
ビオラも驚くと思っていたらしいマーサーは、顔面蒼白だ。それを微笑ましそうに眺めていたダグラス・メナードは、廊下の左手側を見た。そこは全面ガラス張りになっていて、中庭に通じている。
「花瓶は気になさらず。さあ、お茶会の会場はこちらです」
微笑んだダグラス・メナードはガラス張りの一部、ドアになっている箇所を押し開けた。
風がふわりと廊下に入り込み、ビオラの柔らかなハニーブロンドの髪を揺らした。
瑞々しい緑と甘い花の豊かな香りが鼻腔をくすぐり、心を穏やかにしていく。その優しい風の運ぶ芳香に、緊張しきっていたマーサーも肩から力を抜いたようだ。
「見事なバラの
中庭に出たビオラは満面の笑みで、青空を思わせる鮮やかなスカートを翻した。
「あら、聞いていた通り、可愛いお嬢さんですこと」
穏やかな声がバラの茂みの中から響き、濃紺のドレスを揺らした熟女が顔を出した。髪の色やその目元の雰囲気がダグラス・メナードに似ている。
姿を見せてドレスの裾を軽く持った女性は、片足を引くと膝を軽く曲げて淑女らしい挨拶を見せた。背筋もスラリと伸びた姿は毅然として、年齢を感じさせない美しさだ。
「母上、もういらしたんですね」
「ふふっ、可愛いお客様が来られると聞いていたので、楽しみにしていました」
「こちらがビオラ嬢、そして──」
「丘の上で開錠屋を営む魔術師、ラスと申します。以後、お見知りおきを」
紳士然とした挨拶をすると、ダグラス・メナードの母シェリーは一瞬、笑みを消した。
「──相変わらず、ダグラスさんは変わったお友達を作るのね。そちらの子は、ラスさんの息子さんかしら?」
「母上! すみません、ラスさん」
「いや、子どもがいてもおかしくない年齢なのは認識しているんで」
顔を引きつらせながら答えると、後ろのガラス戸がギィッと音を立てて開いた。
ふと人の気配を感じて振り返れば、シェリー夫人と歳の変わらないだろう夫人と、十代半ばに見える少年の姿があった。十中八九、弟ウィニーとその母である第一夫人だろう。
二人の婦人は冷ややかな視線を交わしていた。
「ご機嫌よう、シェリー」
「ご機嫌よう。喉の調子がおかしいと聞いていましたが、その後、体調はいかがかしら? ミラベル」
「御心配には及びません。信頼のおける医者を呼び寄せましたので」
「そう。それは何よりですわ」
笑顔で交わされる会話の筈なのに、吹雪でも巻き起こしそうな雰囲気だ。
あまりの空気に耐えかねたのか、マーサーは俺の後ろに隠れる始末だ。まったく、俺に斬りかかってきた時の威勢はどこにいったんだか。
ため息を堪えた俺は、ビオラに視線を送った。しかし、気付けはその姿はなくなっていた。
どこにいるんだと声を出して探そうとしたその時だ。
「ラス! 凄いぞ!」
バラの茂みから興奮したビオラの声が上がった。
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