4-2 「こういうのを、一蓮托生と言うのじゃろ?」

 ソファーに腰かけるダグラス・メナードは頭を抱えて体を丸めていた。おそらく、叔父であるエドガー・フルトンの最近の言動を思い返しているのだろう。その表情は次第に暗くなっていく。


「大叔父は……父が急に体調を崩した頃から、頻繁に見舞いに訪れていました」


 一般的に見れば、姪の旦那が体調崩したのを見舞いに行くのは普通と感じるかもしれない。ダグラス・メナード自身もそこに疑問を抱いていなかったようだ。しかし、その訪問は果たして単なる見舞いだったのか。

 穿うがった見方をすれば、エドガー・フルトンの行動は疑わしく見えるのではないか。例えばだ──


「何か、薬を持ち込まなかったか? 滋養じように良いとか何とか言って」

「……ありました」

「それを、館の魔術師に調べさせたか?」


 その問いに、返事はなかった。

 エドガー・フルトンが調べることを拒んだか、亡きメナードきょうが必要ないと言ったのだろう。もしくは、毒性が見つからないよう別のものに仕込んで、じわじわと体をむしばむようにしたか。

 どのみち、疑うことなく毒を口にしていた可能性は否めない。


「俺の記憶が間違っていなければ、フルトン家はマーラモードの外、海の向こうにあるレートンの辺りが所領だ。あそこからここまで来るのに、金貨ソル十枚じゃ足りないだろう? 一般人と違って、貴族あんたらは何かと費用がかさむからな」


 子爵家ともなれば、それなりに体裁を整えるだろう。連れ歩くお付きの者が増えれば、当然だがその費用が増す。

 果たして、長閑のどかな農村地が大半のレートン地方を預かるフルトン家の財政で、その旅費を捻出ねんしゅつできたのか。それも、頻繁に訪れていたと言うじゃないか。


 度重なる私用で金を浪費してると知られれば、領民たちの反感を食らうのは必至だ。そこまでして、マーラモードに訪れなければならなかった理由は何なのか。


「推測の域は出ないが、エドガー・フルトンがメナード家の財産狙いだとしたら……メナード卿に毒を盛るのも、あんたに後を継がせようとしたのも、説明がつくと思わないか?」


 あながち、俺の推測は間違っていないと思う。母親を使い、メナード家から資金を流させようとしているのだろう。

 ややあって、ダグラス・メナードは深く息を吐き捨てた。


「大叔父を擁護ようごする言葉を探しましたが……無理そうです。ただ、証拠は何もありません」

「あるぜ」


 にっと笑った俺は、懐からナイフを取り出してテーブルに置いた。それは、マーサーと俺を引き合わせた魔剣に他ならない。

 

「マーサーはんだよ。自分に魔剣を渡した魔術師のことを」


 しゃくりあげるマーサーが顔を上げる。


「魔剣を渡したのは、おっさんだった。そうだろ?」

「うん。綺麗な洋服を着たおじさんだった」

「それだけで十分だ。かまをかけて揺さぶってやればいい」

 

 困惑の表情を浮かべるダグラス・メナードは、再び俯いた。この先どうすれば、エドガー・フルトンに事実を吐かせた上で、弟ウィニーの立場を守れるか考えているのだろう。

 クッキーを食べて静かにしていたビオラはカップの中の紅茶を飲み干し、それをそっとテーブルに置くと、おもむろにダグラス・メナードに話しかけた。

 

わらわからの提案じゃが」


 弾かれたように顔を上げたダグラス・メナードは瞬きをするのも忘れ、ビオラを見つめていた。

 ずっと黙っていたのもあり、まるでその存在を忘れていたのかもしれない。


「お主の弟、母親たち、そしてエドガー・フルトンを全員集めて、お茶会でもせぬか? 妾とラス、そしてマーサーも招待しての」

「……お茶会?」

「そうじゃな。名目は何でも良いが……今時期であればバラが美しいの。花が散る前に、話をするのも悪くなかろう」


 意味深に微笑みを浮かべたビオラは、花の刺繍がされた肩掛けのバッグから、銀の鏡を引き抜いた。

 鏡面にダグラス・メナードの困惑した顔が写し出される。


「鏡から呼び覚まさしてくれた礼に、お主の願いを聞き届けようではないか。ダグラス・メナード」

「私の、願い……」

「そうじゃ。言うてみ」


 突然何を言い出すのかと動揺した俺は、ちらりとビオラの横顔を見た。そして、ダグラス・メナードを見る。


「私の願いは……ウィニーと共にメナード家と、このマーラモードを盛り上げてゆくことです」


 真摯な眼差しが、ビオラに注がれた。


「あい、分かった。願いを聞き届けたのち、妾は自由にさせてもらうが、良いか?」

「……元より、そのつもりですよ、お嬢さん」

「では、この問題が片付くまで、妾とラスはそなたの手駒と思うが良い」


 どこか上から目線の物言いをするビオラの様子に苦笑しながら耳を傾けていた俺は、突然、名を出されたことに顔を引きつらせた。

 ふふんっとビオラは笑って俺を見る。ダグラス・メナードも、期待の眼差しで俺に視線を送って来た。

 

「こういうのを、一蓮いちれん托生たくしょうと言うのじゃろ?」


 得意気に笑ったビオラは右手を突き出し、俺に見せた。その人差し指には俺の指と同じく、赤い紋様が刻まれている。

 なるほど。あの夜に、自分の身をダグラス・メナードに引き渡せと言った後、俺と契約を結んだのはこういう事か。

 深々とため息をつき、ちらりとマーサーを見た。

 

「エドガー・フルトンが、マーサーの姉さんの仇だとしたら、少し痛い目を見てもらわないと気が済まないしな」


 マーサーが俺の言葉に頷き、涙で汚れた頬を袖で拭った。


「しばらく、力を貸す。ただし、全てが片付いたら、ビオラと鏡はもらい受ける。当然、報酬も上乗せだ」

「分かりました。お支払しましょう」


 ダグラス・メナードの差し出された手を掴み、頷きあった。

 しかし内心では、大変なことになったぞと、俺は天をあおいでいた。

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