第四章 メナード家の事情

4-1 浮かび上がる黒幕の名は……

 向かいのソファーに座るダグラス・メナードは困惑の色を隠さず、目を閉じると深く息を吐いた。ややあって目蓋を上げると、俺の両隣を交互に見て再び瞳を閉じる。

 突然の事実を二つ突き付けられ、狼狽うろたえるなと言うのも無理な話だろう。


 人畜無害そうな幼女は銀の鏡に封印されていた魔女で、もう片方の子どもはメナード家で働いていたメイドの弟。しかも、そのメイドは殺されたのかもしれないと知らされたのだ。

 情報の整理に時間がかかるのも不思議じゃない。


 沈黙の中、俺の左隣に座るマーサーが袖を引っ張った。貴族を目の前にして気後れをしているのか、その顔は不安げだ。

 大丈夫だ。そう声をかける代わりに、その髪をくしゃりと撫でた。その時、ダグラス・メナードは「一つ」と静かに声をかけてきた。


「一つだけ確認したい……オリーブの弟という証拠はあるのだろうか……」

 

 マーサーを見て辛そうに笑ったダグラス・メナードは申し訳なさそうに、不躾な質問だねと尋ねた。

 かぶりを振ったマーサーは首にかかるチェーンを外すと突き出した。


 チェーンに通されているのは小さな銀の板で、そこには祈りの言葉が刻まれている。その左端の中央には、半分に切れたクローバーらしい紋様があった。


 これには片割れが存在している筈だ。

 二つのペンダントを合わせることで一つのクローバーになるに違いない。ちまたで恋人同士に人気のお守りで、裏面にはお互いの名前を刻み、それぞれ相手の名の片割れを持っていると幸せになれるといわれている物だ。


「姉ちゃんが……学校に入れるようにって、願掛けしたから持ってろって」


 ダグラス・メナードは震える指でそれを受け取った。銀の板をひっくり返し、そこに刻まれた名前を見ると、今にも涙をあふれさせそうな瞳が大きく見開かれる。

 そこには、オリーブの名が刻まれていた。

 

「……間違い、ないようだ」


 声を震わせ、ペンダントをマーサーに返したダグラス・メナードは、内ポケットに手を入れると畳まれたハンカチを取り出した。

 ハンカチの中から、マーサーのものとよく似たペンダントが出てきた。

 幼い目が大きく見開かれる。

 マーサーは自分の手の中のものと、もう一つとを何度も見比べた。


「君を……ずっと、探していたんだ。まさか、こんな形で出会えるとは思っていなかったよ」


 銀のペンダントがずいっと差し出される。それを手にしたマーサーは、自分の名を見つけたのだろう。俺を振り返って唇を戦慄わななかせた。

 問いただしたいことは山のようにあるだろう。

 聞きたいことを聞けばいい。そう言う代わりに俺が頷くと、顔をくしゃくしゃにしたマーサーは涙を零し、大切そうに二つのペンダントを握りしめて息を大きく吸った。


「……どうして! どうして、姉ちゃんが!」


 そう叫ぶと言葉をつまらせた。

 何をどう尋ねて良いか分からないのだろう。喉を引きつらせたかと思うと大声を上げ、ソファーに顔を埋めるようにして床に座り込んでしまった。

 マーサーの様子を見たダグラス・メナードは、沈痛そうな面持ちで首を横に振る。どうやら、オリーブの死の真相を彼も知らないようだ。


「あんたが依頼にここを訪れた日、父親が死ぬ少し前に仕えるようになった魔術師がいないか、と尋ねたことを覚えてるか?」

「はい……あの時は、質問の意味が分かりませんでした」

「今は分かるな? 俺は初めから、あんたらの家督かとく争いはきな臭いと思っていたんだ。すんなりいくはずだったのを、突然、母親が反対したなんて、誰かがそそのかしたとしか思えないだろ。マーサーの姉さんは、どういった経緯か分からないが、そんな裏事情を知ってしまった」


 だから口封じのために殺された。そこまで言葉にすることは出来ず、マーサーを見た俺は小さく吐息をつく。


「さっき話した通り、マーサーを使って俺を殺そうとした魔術師がいる」

「……魔術師」

「あぁ、マーサーはって認識だが、ほぼ間違いない。なにせ、あの魔剣に施されていた封印はそう古いもんじゃないからな。今生きている奴が作ったものだ」

「メナード家の魔術師で、封印を施せるほど力のある者……」


 言いかけたダグラス・メナードはわずかに動揺し、口元を片手で覆った。と言いたそうな顔で、おもむろにかぶりを振る。


「なぁ、聴きたいんだが……あんたに、封印の解除をするなら俺を尋ねろって言ったのは、誰なんだ?」


 そいつが魔術師であるなら、オリーブ殺しの犯人だろう。俺の命を狙ってきたことには疑問が残るが。俺に解除をさせようとしたのは、失敗したとしても損害が最小限、あるいは事前に俺の力量を調べて成功する可能性が高いと判断したといったところか。

 顔面蒼白なダグラスが息を飲んだ。


「エドガー・フルトン」


 震える声が、一つの名を告げた。

 魔術師としては聞いたことのない名であったが、その家名には聞き覚えがあった。それはおそらく──


「私の母シェリーの叔父に当たる、フルトン子爵です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る