3-6 ビオラの笑顔に、あいつの本当の姿を忘れそうになっていた!
口の周りを汚しながら、ビオラはアイスを食べ終えた。べたべたになった口元をハンカチで拭ってやると、少しばつが悪い顔をして「子ども扱いをするでない」と口を尖らせた。
「満足したか?」
「うむ。アイスクリーム、気に入ったぞ!」
アイスのことを思い出したのだろう。ふにゃりと顔を緩めたビオラは満足そうに破顔した。
毎日でも食べたいと言い出しそうだな。さすがに、それは勘弁してほしい。そんなことを言い出す前に、さっさとバイクに乗せて気分を変えさせるのが良策だろう。
紙袋を持って立ち上がり、次に行こうとビオラを促すと、彼女はアイス屋を振り返った。
「しかし、この町は凄いの。容器まで食べられるのじゃから」
「容器? あぁ、コーンのことか。だいたいどこのアイス屋もあれだな」
「そうなのか!?」
「紙カップで頼むやつもいるけどな」
「紙の器? それは溶けたアイスが染みないのか? まさか、そうなる前に食べろとゆうのではなかろう?」
「紙って言っても、水分が染みないように加工されてるから、心配ない」
「なんと! 凄いの」
今では当たり前のことに、いちいち感動するビオラは、やはり五百年前の人間なのだろう。
「街の景色も全く違う。道は綺麗で歩きやすいだけじゃなく、死体もない」
突然の言葉に、背筋がぞっとした。
街路樹を抜ける初夏の風が、ビオラの美しい金髪を揺らした。彼女は、この舗装された道の上に五百年前の何を重ねているのだろうか。
「平和そのものじゃ」
「国を滅ぼした暴食の魔女の言葉とは思えないな」
「それは……」
言葉を
軽い気持ちで言った言葉だった。てっきり、ふんぞり返って「何も知らぬお前に言われる筋合いはない」とでも、跳ね返されると思っていた。
言い伝えでは、暴食の魔女は非情な魔女だ。その意にそぐわなければ国一つを一晩で焼き払い滅ぼしたなんてのも、伝え聞いたことがある。そんな女が、過去を思い悲しげな顔をするのか。
疑惑が確信へと変わっていく。
「なぁ、ビオラ。お前、本当は──」
暴食の魔女ではないんじゃないか。問いかけたその時だ。
ものすごい衝撃が俺の頬に走り、痛みに頭が真っ白になった。ちかちかとする視界の中、状況を把握しようと振り返ると、そこに見知った人物を見た。
「……リアナ?」
「知りませんでした。ラスが、
「は? おい、何言ってるんだ?」
言っている意味が分からず、小刻みに肩を震わせるリアナに声をかけるが、明らかにその様子がおかしい。
何に怒っているのか、
ロリコンがどうのと言っていた気がする。
断じて俺に非はない。だが、冷静さを失ったリアナを説得するのは、おそらく無理だ。基本的に人の話を聞くような性格じゃないし、見る限り、今のリアナは興奮状態だ。
意味が分からないが、これは一旦逃げた方が良さそうだ。
俺はビオラの手を掴み、じりじりと後退する。
「どうした、ラス?」
「走るぞ」
「何でじゃ?」
「良いから、行くぞ!」
ビオラを引き上げ、担ぐように抱えた俺はリアナに背を向けた。
「私の純情、返せー!」
脱兎のごとく飛び出した俺だったが、ビオラと荷物を抱えていては、走るのにも限界がある。かと言って、ジョリーの妹に魔法を放つのも気が引ける。
どうしたもんかと考えながらバイクを停めているパーキングに向かって全速力で走った。
「ものすごい剣幕で追ってくるの。ラス、あの娘に何をしたんじゃ?」
「何もしていない!」
「さっき、純情を返せと言ってたじゃろう。痴情のもつれか。寝たのか?」
「んなわけあるか! 親友の妹だ。俺だって妹にしか見てねぇ!」
腕に抱えた幼女の質問とは思えない言葉に、足がもつれそうになった。
忘れていたが、ビオラの中身は二十代半ばの女だ。考えが子どもらしからぬのも致し方ない。それにしても言い方がえげつない。
「ほう。あの娘の片思いか。いつの時代も、乙女の恋は難儀じゃの」
「ビオラ……お前、面白がってんだろう!」
にやにやと笑うビオラに、あの女が重なる。
さっきまで可愛らしい笑顔を輝かせていた幼女はどこに行ったと聞きたくなる。こいつは間違いなく、俺と歳の変わらない大人だ。
そんなことを実感している間に、パーキングが見えてきた。バイクを出せば逃げ切れる。そんな甘い考えを抱いていた。
パーキングに走り込み、精算機に専用のカードを通す。早くしてくれと祈りながら、出てきたカードを抜き取りバイクに向かって走った。
サイドカーに荷物ごとビオラを下ろし、チェーンロックを外す。
「少し
「我慢してくれ!」
今はそれどころじゃない。キーを差し込んだその時だ。再び頬に衝撃を感じ、俺の体は傾いだ。今度の衝撃は、さっきの比じゃない。
意識が遠のく。
あぁ、だから逃げたかったんだ。ジョリーに仕込まれたリアナの本気の平手は、そこらの成人男性の拳にも負けない威力だ。それを二発も食らったら──
「おーい、ラス、生きておるか?」
遠くにビオラの声を聴きながら、俺は意識を手放した。
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