3-5 露天商って言うのは、口が上手いもんだ。

 繁華街に並ぶ服屋で下着から普段着まで、数着買いこみ、バイクを停車させてるパーキングに向かう途中のことだ。

 ビオラがぐんっと俺の腕を引っ張た。下を見れば、期待に輝いた大きな瞳が沿道の店に向けられている。


「ラス、あれは何じゃ?」

「アイスクリームだな。牛乳を冷やし固めた氷菓だ」

「氷菓? そんな高価なものが売られておるのか。今は庶民も裕福なのだな」

「そんな高価なものじゃないぞ」


 五百年の価値観の差か。

 食べたいと顔に書いてあるビオラを見て、少し呆れながらアイス屋に視線を向けた。


「食べてみるか?」

「良いのか!?」


 ぱっと笑みを浮かべたビオラは期待の眼差しを俺に向ける。その顔をどこかで見たような気がするが、どこだったか。

 

「まぁ、必要経費ってことでつけておく」

「必要経費? さっきから何を言っておるんじゃ?」


 待つのが我慢できないのか、俺の手を引っ張ったビオラはぐいぐいと引っ張った。

 露天の小さな移動アイス屋には、定番のバニラアイスやチョコ、苺の他、紅茶、珈琲の他に、ココア風味のクッキーを砕いて混ぜたものや、ナッツやキャラメルが混ぜられたもの、大人向けのラムレーズン等が並んでいる。


「どれも美味しそうじゃの!」

「いらっしゃいませ。産地直送の新鮮な生乳で毎日手作りしています。ぜひ、お好みフレーバーをあわせてお楽しみください」


 店員は営業スマイルで、さらりと、ダブルやトリプルを買えと勧めてきた。

 ガラス張りの保冷庫に両手をついて、ビオラはすっかり夢中だ。


「あのピンクは何じゃ? 茶色いのは? あれにはレーズンが入っておるの」

「ピンクは苺のアイスですよ。茶色はチョコレートを混ぜています。レーズンはお酒も入ってるから、お嬢ちゃんには早いかな。それより、その横のナッツとキャラメル入りが、甘くて美味しいわよ」

「苺もナッツも好物じゃ!」

「じゃぁ、苺で良いか?」

「待て、その横は何んじゃ? バニラとやらと色が似ておるが、違うのか?」

「ふふっ……それは季節のアイスで、桃になります」

「桃……ラス! それも食べたいぞ」


 興奮しきった顔で振り返るビオラの頬は赤く染まっている。

 この状態で、一つだけと言ったら泣き出すんじゃないか。ここで暴れられ、騒ぎでも起こされたら堪ったものじゃない。

 さてどうするかと悩んで眉間にしわを寄せていると、店員の女性微笑ましい親子を見るような眼差しで「それなら」と提案を持ち掛けた。


「お嬢さんが二種類、お父さんが二種類でお作りしましょうか? 一緒に食べたら、四つ、楽しめますよ」

「おお! お主、なかなか良いことを言うの! ラス、そうしよう!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶビオラは、俺たちが親子と間違われていることに気づいていないのか、ご機嫌で俺を仰ぎ見た。

 店員がにこにこと笑っている。それだけでなく、沿道を過ぎていく他人までもが微笑ましそうに視線を投げてくる。


「……じゃぁ、苺と桃、バニラとキャラメルナッツで」

 

 守銭奴魔術師と呼ばれる俺が、こうもあっさり金を出すことになるとは。

 いや、これは昼間から繁華街のど真ん中で騒ぎを起こさないための必要経費だ。どんな条件でビオラが元の姿に戻るかも分からない。万が一、怒りがその条件であったなら、ここで機嫌を損ねるのは得策じゃない。

 深々とため息をつき、店員の「銅貨フロンス二枚になります」と言う声に、苦笑を見せた。内心、あんたは商売上手だなと称賛を添えて。


 ワッフルコーンに載せられた二種類のアイスを嬉しそうに受け取ったビオラは、俺を見上げる。


「そこのベンチで食べるぞ。歩きながら食って、落としでもしたら勿体もったいないからな」


 俺が指差したベンチを見たビオラは、うむと頷くと慎重にコーンを両手で持ったままベンチまで歩いていく。その前で立ち止まると、さてどう座ればよいかと困り顔で動きを止めた。

 少しばかりベンチの座面が高く、小さなビオラは手をつかないと上がれなさそうだ。かと言って、大切なアイスを片手で持つのも心配なのだろう。

 ベンチに服が入った紙袋を下ろし、俺の持っていたアイスは少しばかりの魔力で浮かせる。


「ほら、座れ。零すなよ」

「助かったぞ!」

 

 ひょいっと抱えてベンチに下ろすと、ビオラは笑顔に戻った。

 

「ラスも、早う座るのじゃ」


 急かされて、宙に浮くアイスのコーンを掴んだ俺は、若干の居心地の悪さを感じながらビオラの横に腰を下ろした。

 少し前からだが、視線が痛い。沿道から時折小さな微笑みや「可愛い親子ね」なんて声が聞こえてくる。

 二十五歳にもなれば、ビオラくらいの娘がいても可笑しくはないだろう。だけど、自分がそう見られるとなると、複雑だ。

 ため息をつきたくなりながら横を見ると、苺のアイスに口をつけたビオラの目がキラキラと輝いていた。どうやら、気に入ったようだ。


「これは何じゃ!」

「だから、アイスだって」

「妾の国では、このように柔らかく舌触りの良いものではなかったぞ!」

「シャーベットだったのか? 牛乳に空気をたくさん含ませて作るとそうなるんだよ。ほら、喋ってると、溶けちまうぞ」

「それは大変じゃ!」

 

 慌てたビオラは、今度は桃のアイスに口をつける。

 よほど満足なのだろう。地面から浮く小さな足が、ぶんぶんと勢い良く揺れていた。

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